「当たり前」こそが、最高のほめ言葉-山形市が日本で初めてマイナンバーカード交付予約におけるAI電話を導入。行政サービス思考を聞く [インタビュー]

<strong>「当たり前」こそが、最高のほめ言葉-山形市が日本で初めて</strong>マイナンバーカード交付予約<strong>におけるAI電話を導入。行政サービス思考を聞く [インタビュー]</strong>

2021年12月、山形市は、サイバーエージェントと共同で、マイナンバーカードの受け取り予約電話業務にAIを活用する実証実験を開始した。全国初となる取り組み「マイナンバーカードAI電話エージェント」は、窓口業務効率の改善を実現、同市は今年10月に本格運用を開始した。

AI電話を導入した背景や導入後の成果、そして山形市の行政DXに対する想いなどについて、山形市 市民生活部 次長(兼)市民課長の杉本肇氏と株式会社サイバーエージェント 統括 デジタル・ガバメント推進室 室長 兼 GovTech開発センター長 淵之上弘氏が対談した。

(聞き手:デジタル行政編集部 野下 智之)

導入のきっかけは、営業コールから

―まずは「マイナンバーカードAI電話エージェント」を開始することになったきっかけを教えてください。

杉本氏:私は2021年から山形市の市民課長を拝命しています。私が着任した当初、市民課はマイナンバーカードの配布に手一杯の状態でした。カードを取りに来るための市民からの電話がものすごく鳴っていたことを覚えています。担当の係だけでは電話を取り切れなくて、毎日、PHSを他の係の人に渡して対応してもらっていました。

ある時、担当係長から「サイバーエージェントさんからAI電話の提案を受けた。」という報告を受けました。全国初めての取り組みという話ということでしたが、正直なところ、とても嬉しく感じたことを覚えています。

なぜなら、市民課の忙しさを解消できて、なおかつ、市役所の営業時間外にも対応ができるからです。特に土日、祝日でもつながる利便性の高さは、市民目線から見ても良い施策だと思います。また、同じ悩みを持つ自治体は多いでしょうから、私たちの取り組みが参考になればと思ったところもありました。

マイナンバーカードの配布は、おそらくどの自治体も人海戦術で対応していると思います。それをAIで解決するという試みは面白いですよね。AIはデータを蓄積させればさせる程、アップグレードされます。技術的にも素晴らしいなと思っていました。

淵之上氏:この事業は、今から約2年半前に立ち上げました。最初はコールセンターに委託されているような業務をAIで置き換えようとしていました。ですが、事業を進めていく中で、コールセンターに委託されている事業は専門領域に特化しているものや、シナリオが組めないものも多く、AIで置き換えるのは難易度が高いことがわかりました。

AIも実験段階でしたので、コストとの兼ね合いで有人とAI電話のハイブリッド利用の方向に変更しました。利用の方向性を探る中で、自治体職員の方々が自らの担当業務や担当業務以外の用件で不定期に電話対応をしていて、仕事が分断されてしまっている現状があると伺ったことがきっかけです。そこで私たちがお手伝いできることがあるのではないかと思って、お声がけさせて頂いたところ、山形市に興味を持って頂いたという経緯です。

実はかなりの自治体様にお声がけはさせて頂いていました。おおよそ300自治体にお声がけをしていたと思います。

当初は、自治体の中で具体的に何に困っているのか、私たちも把握できていませんでした。他の自治体にもお電話させて頂きましたが、事業が進んだきっかけは山形市様との事例が出来た時期あたりからです。

杉本氏:サイバーエージェントさんからは、既存の有人の電話を遮断せずに、AI電話は併用すると聞きました。併用するのだから、AI電話で最後まで申し込みをされる方はAIだと納得した上で手続きをされるわけです。何も問題はないと思いましたね。

もちろん初めての取り組みなので、お互いに想定外のことは起こるだろうと思っていました。ただ、私の勝手な想像ですが、サイバーエージェントさんの社風を考えたときに、何か課題が出てきても迅速に対応いただけるだろうなと思っていたこともあります。

AIというところもポイントです。役所の中では、AIを活用する仕事はなかなかありません。データの蓄積がプラスに作用していくこともありますし、いろいろな情報をうまく分析してアップデートしていくサイクルができればと思っていました。その最初のきっかけとして、お役に立てたことは良かったです。

総入電件数の7割をAI電話が対応、そのうち、土日や夜の時間帯の入電が6割

淵之上氏:私たちが想像していなかったのは、閉庁時間や土日に来る電話の量です。多くても、開庁時の2割程度だろうと思っていたのですが、6割ほど電話が来ていました。土日や夜の時間帯のニーズは想像以上に多かったと思います。

杉本氏:そうですね。今はネットでも申し込みは出来ますが、ご高齢の方はスマホから申請できないこともあります。AI電話は音声のやり取りですから、ご高齢の方でも申請できます。社会人の方が、仕事が終わってから電話をすることもあると思います。逆にAI電話がなければ、役所が開いている時間に電話をかけ直すことになり、市民の皆様にとっては不便です。市民の利便性に貢献している点も重要なポイントであると思います。

淵之上氏:対応した件数を見ても驚きます。ある一ヶ月間のデータですが、約5,000件の申請の電話のうち、3,500件をAI電話で対応しています。残りは市民課の職員の方々が対応されていることになります。職員が予約を受け付ける際は、予約用の日程画面を見ながら対応していると伺っていますが、それを1,000件以上も行うのは大変な作業です。

その作業の代行のため、私たちのAIは、日程のレコメンドをできるようにしました。たとえば「17日の14時」という希望が出されて、日程が空いていなかったとします。その場合、次のレコメンドは日付を優先して、その日の空いている別の時間をレコメンドしています。今後は時間を優先して、別の日付の同じ時間をレコメンドする等、どのような候補を出せば電話時間が短くなるのかを検証し、AIに学習させてることも出来るのではと考えています。

完璧に傾向を把握するまでにはなっていませんが、今後もデータ数を増やして改善していきたいと思います。

―市役所内では、AI電話導入にどのような意見があったのでしょうか。

杉本氏:まず、導入までの流れを簡単に話すと、担当の係長がサイバーエージェントさんからの提案を受けて、課長の私に取り次いでくれました。私も、ぜひやりたい、と思いましたので市長と副市長に伝えたところ、両者からも二つ返事でOKが返ってきました。一応、実証実験の段階でしたので、何か不具合があれば順次対応するということは上層部に伝えており、導入のリスクはあまり心配していなかった模様です。

山形市はトライアンドエラーで事業を進めるようなところがあります。デジタル化はまだこれからですが、そのことを認識しているからこそ、今回のご提案に好感を持たれたのだと思います。

山形市役所におけるDXの意義とは

杉本氏:DXとは、「デジタルトランスフォーメーション」です。単なるデジタル化ではありません。市役所におけるDXとは、市民サービスを画期的に転換させるようなものであるべきというイメージを持っています。しかし現状においては、そういった目線でDX化を捉えられていない市職員も多いと感じております。

これはあくまでも個人的な見解ですが、DXというのは産業革命のようなものです。昔は手でやっていたことが産業革命によって機械に置き換わっていきました。今度はデジタルです。デジタル化により市民の利便性が高まり、私たちの仕事も飛躍的に効率化できることが期待されます。

私たちの直接的な業務はマイナンバーカードの交付ですが、行政に身を置く立場としては、マイナンバーカードを使ってどういう行政サービスができるのか、DXの視点で内部の仕事をどのように変えていけるのかを考える必要があると思っています。数年経てば部署異動で別の部署に移るわけですから、今の部署はDXに関係ないから無関心でも良い、という考えは通用しなくなります。

淵之上氏:DXのわかりやすい例は、Suicaですよね。電車に乗る時は元々切符を買っていましたが、切符からSuicaへ変わっていきました。Suicaは電車のみならず、バスやコンビニでも使えるようになっています。利便性を考えると、もう切符の時代には戻れないでしょう。一度便利さを味わってしまうと、インフラのように「当たり前」のものになっていくと思います。

デジタル化は、インフラとしてはかなり進んでおり、私たちの日常生活においてもはや「当たり前のもの」になっています。そうであるからこそ、私たちはデジタル化したことに便利さを感じるのではなく、使えなくなったときに不便さを感じてしまいます。

もしかしたら、市役所でデジタル化を進めても、市民からはすごく便利とは言われずに、使えなくなったときに不便さだけを言われてしまうのかもしれませんね。

行政サービスのデジタル化がもたらす「当たり前」こそが、最高のほめ言葉

杉本氏:でも、デジタル化で便利になれば、最初は「すごい」と実感してもらえると思います。慣れてしまったというのは、デジタル化が浸透したということで、最高の褒め言葉なのかもしれません。
少し話が逸れますが、スマホだって普及したのはこの10年程度ですよね。たった10年で、今や完全な社会インフラになっています。そう考えると、これから10年先のサービスやテクノロジーは更に急激に変わっていくことは間違いありません。その中でAIには多くの可能性があると思っています。「考える」ことは人間にしかできないことでした。ですが、AIは経験を元に学習して考えます。今回のAI電話に限らず、将来、AIは多くの場面で活躍していくと思います。

淵之上氏:AIは集合知としての可能性が強い分野ですよね。行政の関連で言えば、AI電話はマイナンバーの予約に限らず、ゴミの連絡や税関係、防災時の対応にも使える可能性があると思っています。

杉本氏:防災の対応にも活用できると良いですね。というのも、災害は昼夜問わずいつ起きるかわかりませんが、起きたときには急に多くの電話が殺到します。そのような状況では電話対応の体制を組むこともできません。仮に体制を組んだとしても件数の多さから手が足りないことも考えられます。災害の度合いにもよりますが、少しでもAIで対応できたら素晴らしいと思います。

淵之上氏:例えば台風にしても、1週間後に台風が来るからと打ち合わせても、職員の対応には限界があると思います。それから、災害時は自治体のWebサイトが落ちることもあります。コロナ禍の中でも簡易Webサイトを使うという話は出ていたと思いますが、物理サーバを使っている自治体もあり、頻繁にダウンしたり、更新できなかったりというケースが少なくないようです。

実は、意外に小回りが効くのが電話なのです。DXというと、電話よりはネットを思い浮かべますが、電話はほぼすべての国民が持っていて、最後に頼るインフラとして一番強いものなのかもしれません。これも当社がAI電話に注力している理由の一つです。

杉本氏:場合によっては、電話の方が早いシチュエーションも多いですよね。

淵之上氏:そうですね。ちょっとした問い合わせで電話することも多いと思います。電話してもなかなか繋がらないこともありますが、それをうまく解消できれば生産性を上げていくことができると思います。

やめることが出来ない、行政サービスのデジタル化に向けて

―市役所における電話対応が大変であるというのは、市役所の職員数が減ってきているからでしょうか。

杉本氏:いえ、職員数自体はほとんど変わっていません。行政機関はどこもそうですが、大きく増えたり減ったりすることはありません。ただし、新しいことに取り組まなければならないため、仕事は増える傾向にあります。

時代の変化に合わせて年々対応しなければならないものや新しい事務が増えているという状況です。
その反面、行政の性格上、ドライに古い仕事を切り捨てるわけにもいきません。民間の場合は、収益がでない場合や事業が負担になれば撤退という選択肢を取ることも一般的とは思いますが、行政サービスはやめることに対するハードルが高い。

例えばマイナンバーは新たな業務の一つです。業務量は大幅に増えていますが、マイナンバーカード担当がそれに見合って増えたかというと、正職員としては既存の課内配置の枠内で何とか人を動かしながらやっています。結果として、他にしわ寄せが来てしまっています。これは、どの自治体でも同じではないかと思います。

淵之上氏:そういえば、「これやります」という話はよく聞きますが、「これ止めます」という話は聞かないですね。

杉本氏:そうなのです。行政の性格上、止めるということはなかなか難しいことです。個人的には、新しいことにもっとチャレンジしたいと思いますが、現場には「チャレンジは負担」という雰囲気もあります。確かに、今までの仕事量が変わらないのに新しいことをやれば、純粋に仕事量が増えることになります。上手な仕事のやり方を考えようと言いますが、言うのは簡単でもどうすればいいのかは別の難しさがあります。

淵之上氏:私たちも、今まではただ手段を提案するばかりでした。行政のDXを支援するとすれば、今までやっていたことを質は変えずに半分の時間でできるからやってみませんか、というような実利を伴う提案にしなければいけないと社内でも検討しています。行政の方々の仕事を理解することや、行政の中に入ってみることが必要です。そうすれば、賛同いただける人が増えるし、新しいことにチャレンジする雰囲気も作れると思っています。

杉本氏:それは理解しやすいと思います。もしかしたら、サイバーエージェントさんが行政と同じ目線で提案しても、敷居が高く感じられたり、どうしてうちの自治体なのか、と思われる自治体もあるかもしれません。ですが、デジタルやDXを進めることで、仕事が効率化できて、最終的には市民サービスの向上につながるとなれば、行政にとっても理解しやすいと思います。

行政の仕事はやり方を工夫すれば効率的になることも多いと思います。探せばたくさんあるでしょう。ですが、担当者レベルで気づいていても、効率化のきっかけがないことも事実です。何かきっかけがあれば上手くデジタル化が進んでいくのだろうと思っています。