日本一夕日がきれいな会議室から仕掛ける、自治体と民間との理想的な関係[インタビュー]
徳島空港から車で鳴門海峡を渡ったところ、淡路島の南西部に位置する南あわじ市の、さらに西側の海岸沿いに佇む小さな漁村集落。そこには、「日本で一番夕日がきれいな会議室」を備えた宿泊施設がある。
海産資源が豊かなことで知られるこの地にで、冬は絶品の河豚料理がふるまわれることで知られる民宿「活魚料理うずしお温泉 寿荘」(以下 寿荘)は、地域創生事業を展開する民間企業と提携、ワーケ―ションスペースを伴った宿泊施設へと生まれ変わり、コロナ禍においても連日人が集まる交流の場として機能し続けている。
「民宿×ワーケーション施設」というコラボを仕掛けたのは、大阪に本社を置く株式会社Penseur 。デザインに強みを持つ広告代理事業が本業の同社は、関西圏に複数の拠点を持つINNOVATION HOUSE RINC(以下 RINC)を運営している。
コロナ禍で進められた南あわじ市と同社との取り組みについて、南あわじ市 産業建設部 商工観光課 主査 阿部 沙織氏、株式会社パンスール CMO 執行役員 竹内 佳章氏にお話を伺った。
(聞き手:デジタル行政 野下 智之)
―まず南あわじ市の観光地としての特徴とコロナ禍での課題についてお聞かせください
阿部氏:南あわじ市は、自然に恵まれた街です。あちこちを観て回るというよりは、玉ねぎや海産物など食事の面が自慢です。その意味では、コロナ禍で市内の飲食店をはじめ道の駅に併設されている飲食店も閉めざるを得なくなり、お客様を呼ぶことが出来なくなったことにより、飲食業をはじめとするサービス産業に影響が及びました。
ただ一方で、全体の観光客数については首都圏のように大きく減少をしたということはなく、逆に密を避ける意味での来やすさが支持を得た側面もあり、緊急事態宣言時を除けばそこまで大きなダメージはなかったという声も聞かれます。
―寿荘とPenseurさんRINCとの出会いのきっかけについてお聞かせください
竹内氏:私が南あわじ市さん主催のワーケーションモニターツアーに参加して、その際に市役所の担当部長の方が、寿荘の近くにお住まいになっていて、寿荘の女将さんと以前より交流がありました。女将さんからは「コロナで経営が大変な状況になっている」とのことでした。
もともとこの建物の2階は50畳の宴会場だったのですが、コロナ禍はもとより今後も宴会で使用されるようなことはほぼないであろうということで、我々のほうでコワーキングスペースの設置を提案させていただくことになりました。
そして、南あわじ市様のほうで、内閣府の自治体に対する補助金制度で「テレワーク交付金」の交付を受けることが出来るようになり、こちらを活用させていただくことになりました。
したがって、我々も補助金を活用させていただくことで、設備投資をすることが出来ました。
―南あわじ市ではコ・ワーキングスペースを増やしていこうとしているのでしょうか?
阿部氏:そうですね。最初は市が保有する遊休施設を活用したものを整備して、コ・ワーキングスペースを開設しました。その後、民間施設を二か所整備するために、補助金を申請しこれを寿荘ともう1か所の設備投資に充てました。
―RINC寿荘の開設後の利用状況について、お聞かせください。
竹内氏:今のところ数十社の企業に会員になっていただいています。そのうち8割が東京、2割は関西の企業です。
経営層の方が少し場所を変えて、経営計画について議論をしたり、チームビルディングをするのにも使っていただいております。素晴らしいロケーションで、気分を変えることが出来、新しい発想が出やすい場所として最適です。
ここにいらした方は、概ね1泊か2泊滞在され、ワーケーションとして釣りやゴルフをされて行かれる方も多くいらっしゃいます。
我々もサービスを利用する側の視点で、この場所をどう使えば快適であるかということを考えて、とにかく利用者と同じ目線で設計しました。ですのでお客様にはその魅力を伝えやすかったですし、ご契約をいただいた後も、共感いただきやすかったです。
ご契約いただいている企業は、ベンチャー系が多く、何かしらビジネスにITを絡めている事業者様が多いですが、中には地元の農業法人様にもご契約いただいています。
―南あわじ市様は、RINCの取り組みをどのようにご覧になられていますか?
阿部氏:現在市内には、市の施設と二つ民間施設があります。全てにおいて利用は増えてきているものの、年間契約を増やしていく途上にあります。そのなかでRINCはPenseurさんの企業努力により、一番契約を取っておられるという印象があります。
ご自身で色々と工夫をされて頑張っておられるところは、私たちも見習いたいと思っていますし、そのノウハウも共有していただければと感じています。
市内のコ・ワーキングスペースの設備環境は整いましたので、今後は市外からお越しいただける方の誘致を促進していければと考えております。
現在市内の3施設で協議会を設立しており、今後のプロモーションの方法について話し合いをするなどをしています。南あわじ市にこういうところがあり、テレワークやワーケーションが出来るということの周知が出来ていないということから、周知活動やそれを通して企業様の取り込みや人脈作りが必要であるという共通認識でおります。
今後は他都市の視察やHPを立ち上げて広報活動をしていこうという動きをしてまいります。
―RINCの取り組みは、南あわじ市にとってどのような効果が得られるでしょうか?
阿部氏:最終的な目標は市外や島外から、新たに地方創生に興味をお持ちの方にきていただくことで、 市内の事業者様とつながって新しい事業が生まれることを期待しています。これによりコ・ワーキングスペースを整備しました。コロナ禍で落ち込んだ事業もあれば、現状を改善させたいという方がたくさんいますが、一人でできなくても島外の新しい産業として、例えばITのような自社とは異なる業種の方とコラボすることにより、新しい気付きを得ていただけるのではないかと思っております。
コ・ワーキングスペースそのものが、島内の事業者様と、島外の事業者様とのマッチングスペースになっていけばいいなと考えております。
―Penseurさんは色々な自治体さんと連携されているのでしょうか?
竹内氏:南あわじ市がRINCの第一号なのですが、今阿部さんがおっしゃったように、我々も積極的に会員企業様と一緒に地元企業や行政のお困りごとを一緒に解決していきましょうということで、ビジネスになるための仕掛けをしています。また、セミナーを仕掛けたりもしています。先日も「南あわじを勝手によくする勉強会」というイベントを開催しました。
データマーケティングをしている会員企業様の方を講師にお招きして、地元企業向けに講演をしていただいたのですが、そこから新しい事業になろうとしているケースがあります。特に今、観光業と第一次産業における人材不足が顕著な課題となっています。その解決策はなかなか見つからないのですが、それを編み出そうとしています。
当社では大阪市心斎橋のRINC SHINSAIBASHIや、和歌山県橋本市の紀伊見荘内(元国民宿舎内)にRINC HASHIMOTOを開設しました。
―自治体とRINCとの連携方法はどのような可能性があると思われますか?
竹内氏:自治体が力を入れているのはふるさと納税と、移住・定住です。そこで、例えば当社の他のRINC拠点、RINC SHINSAIBASHIなどに、移住・定住の窓口を作りませんかという提案をすることが出来ます。
南あわじ市のPCをRINC SHINSAIBASHIの一角に設置し、端末を通して、そこからしか得られないような深い情報を提供したり、職員の方とオンラインでつながることが出来るような環境を準備しておきます。そして、例えば毎週金曜日の特定の時間には必ず職員がいるようにしておいて、そこで質問や相談を受け付けるというような取り組みが可能になります。南あわじ市様への提案は高評価を受けており、実現に向けて動き始めています。
―地域創生・地域活性において自治体が企業に期待することをお聞かせください
阿部氏:まずは自分たちで盛り上げていただけることがなによりです。そして「自分たちでこれだけやっているのだが、これだけ少し足りない」というようなときに、自治体がフォローするというのが、理想的であると思います。
―企業は地域創生・地域活性において企業はどのような貢献が出来ると思われますか?
竹内氏:我々の場合には 「INNOVATION HOUSE RINC AWAJI-SHIMA」(以下 RINC AWAJI-SHIMA)を運営する立場であり、そしてまた活用する立場でもあり、地域や行政とのつながり方を学び、そして実践しています。
これをリードしてその知見やノウハウを今の会員企業様やこれから会員企業になっていただく方々にお伝えしていくことが出来たらと考えております。
我々も地域に根を張ることで、行政や地元企業と深い関係を気づくことが出来ており、普段は聞くことが出来ないようなお困りごとについての忌憚のないご意見をいただき、それを我々民間企業のビジネスの着想のきっかけにすることが出来ます。その拠点が、RINC AWAJI-SHIMAや、RINC HASHIMOTOであったりします。
―自治体で地域創生・地域活性に取り組む方々に何かメッセージがあればお願いいたします。
阿部氏:地域創生・地域活性の観点で、南あわじ市におけるRINC AWAJI-SHIMAとの協業事例が、他の自治体の皆様の参考事例となればうれしいですし、逆に、他の自治体の事例もぜひ参考にさせていただければと思っております。
竹内氏:住民が考えることと、行政が考えることにはどうしてもギャップが発生してしまいます。我々は両者のいわば翻訳機能・通訳機能となり、お互いがどのようなことを考えているのかということを、かみ砕いてお伝えするというようなことを取り組んでおります。
また加えて、我々は自治体同士をつなげるような役割も果たしています。具体的には、兵庫県神河町と南あわじ市とで、それぞれが持つ山の幸と海の幸の交易を勝手に仕掛け、双方の首長が交流する機会を創り出しました。また同様に南あわじ市と奈良県田原本町とをお繋ぎして、産品の交易を仕掛けました。
まだまだ我々の機能をご活用いただけるような自治体様があれば、ぜひお声がけください。
「地方創生」「地方活性」に携わるという言葉の響きは、当事者がそのことを意識しているいないかに関わらず、携わる人にとり誇らしいものとなる響きを、聞き手は感じ取る。
少なくとも、そのような事業に関わることは、その企業が社会的に好ましいことであるという文脈で受け取られることが多く、企業ブランドの形成の助けとなるものである。
一方、自治体にとり「地域創生」「地域活性」を推進するうえで、多くの民間企業からの協力が欠かせない。地元企業はもとより、地域外の多くの企業からも協力が得られれば、新しいビジネスやそのノウハウが地域に集まり、新たな好循環を生み出すことが出来る。
寿荘における南あわじ市とPenseur社とのコラボは、まさにその好例のひとつであるといえよう。