マイナンバーカード保有枚数率約91%超、広瀬栄市長が取り組む国家戦略特区・養父市のインターネット投票実現への道筋[インタビュー]

マイナンバーカード保有枚数率約91%超、広瀬栄市長が取り組む国家戦略特区・養父市のインターネット投票実現への道筋[インタビュー]

※広瀬栄 養父市長と同市が所有する木彫フォークアート作品

兵庫県の北部に位置する養父市。養父市は平成16年4月に養父郡八鹿町、養父町、大屋町、関宮町が合併して誕生した人口2万人の市だ。兵庫県内で最も人口が少ない市だが、内閣府の「国家戦略特区」に指定されており、人口減少や高齢化、農業の担い手不足などの課題を解決すべく様々な施策を実施し地方創生に挑戦している。
マイナンバーカードの保有枚数率は約91%と、全国平均を大きく上回っており、普及フェーズから利活用フェーズに入っている全国の自治体を先導するような存在である。養父市におけるマイナンバーカードやDXの施策について広瀬栄市長からお話を伺った。

(聞き手:デジタル行政 野下智之)

行き届いた行政サービスに必要不可欠なマイナンバーカード

―マイナンバーカードの枚数保有率が全国の市区で最も高いとお聞きしております。全国自治体ごとに普及速度がさまざまななかで、なぜここまで早期に高普及率を達成しようとお考えになられたのでしょうか。当時の市長の想い・お考えをお聞かせください。
養父市は先進的というより「デジタルには無限の可能性がある」と考え、必要に迫られて取り組みを行っているような状況です。
身分を証明するものとして、古くは「米穀配給通帳」、近年では健康保険証や住民基本台帳カードがありましたが、平成28年からは国が行う初めての個人認証を行えるマイナンバーカードの交付が開始されました。「国民総背番号制」「プライバシー権の侵害」といった批判もありましたが、私自身も行政政策をいろいろ行う中で、市民に行き届いた行政サービスを実現し、必要な人に必要なサービスが届くようにするためにもマイナンバーカードをいち早く普及させることが必要だと考え、広報活動も積極的に実施しました。

また、養父市では今年1月に健康加齢(ヘルシーエイジング)を促進し幸福(ウェルビーイング)を享受できる共生社会の創造に向けて医療文化経済グローカル研究所を設立しました。市民が幸福に暮らしていける持続可能な地域共生社会の創造に寄与することを目的としており、その活動の中でも、デジタル技術の活用を検討しています。

―普及開始から今日に至るまで、普及促進のために市全体としてどのような取り組みをしてきたのかについてお聞かせください。特に養父市ならではのものがございますか。
マイナンバーカードの普及には紙の広報誌、音声でお知らせする緊急告知放送、ホームぺージでの告知はもちろんですが、養父市はケーブルテレビの自主番組の制作と放送を行っていたので、その番組内でも告知を行いました。そういった広報を続ける中でも、コロナ禍が始まった年の交付枚数率は約18%、国全体で見ても16%という状態。コロナ禍であるからこそ遠隔地においても必要な情報を届けることの大切さ、高齢者や若者それぞれに欲しい情報が届くことが大切だと感じ、いち早く普及したいと考えたのです。
養父市では交付推進の窓口・プロジェクトチームを発足し、各部門長には推進委員になってもらいました。公民館や個人の自宅でも、数人のグループが集まる場所があれば推進委員が出向き、写真撮影も行い、マイナンバーカードの発行手続きを進める「出張申請サービス」を行ったり、閉庁日でもマイナンバーカードの受付を行ったところ、普及が一気に進みました。窓口担当者の熱意ですね。
国からポイントの付与も行われていましたが、そういったものがないときには市内の店舗などで使える市独自のQRコード付きデジタルクーポンカード(やっぷるカード)を全市民に配布・デジタルクーポン(やっぷるポイント)を付与し、地域経済の循環を意識しました。

国家戦略特区の優位性をもって推進するインターネット投票

―2023年11月13日、インターネット投票の機能を実装した住民データの基盤システムを共同で構築すると発表されました。インターネット投票の実現に向けた想いをお聞かせください。
私たち行政に携わる人間としては、とにかく投票率を上げたい・多くの人に投票してもらいたいということが一番大きな願いです。以前は投票所の数も多く、足を運びやすい環境にありましたが、人口減少に伴い、投票所の統合でその数が減少したため「投票に行けない」という方も増えました。車やタクシーを使えば投票にいけますが、「そこまでして投票にいかなくてもいいや」という方がたくさんおられたのです。人口が減っているので公共交通機関が減便となり、自家用車が便利なので車社会といった背景があります。国のあり方や政治の方向性を決める権利を放棄してもらいたくないので、お年寄りや車椅子で移動が困難な方や選挙に無関心だと言われがちな若い方も、投票所に出向き立会人がたくさん並ぶ中で投票するという雰囲気でなく、スマートフォンから家で投票できるようになれば参加してくれるようになるかもしれません。

昨年は選挙のシステムテストとして吉本興業・ソフトバンクと連携し、「バーチャルやぶ inZEP」をオープン・メタバース空間での模擬投票を実施しました。

11月に発表したとおり、現在デジタル田園都市国家構想推進交付金を活用して日立製作所と仕組みを作っており、モデル的に先行実施できれば、制度化への足がかりになると考えています。

資料提供:養父市

インターネット投票の実現には選挙法の改正も必要です。現在、技術の確立と制度の変更ということも併せて行っています。幸い養父市は国家戦略特区。規制緩和が必要な部分はしっかりと主張し、妥当性が認められればモデル的にインターネット投票ができるかもしれません。養父市で実現し、支障がなければ全国展開の可能性もあります。選挙法の改正や規制緩和はすごく大変ですが誰かがやらなければなりませんからね。

マイナンバー普及が実現する、市民生活の利便性向上

―宮崎県都城市と連携してマイナンバーカード利活用の検討を進めることを公表されました。同市との連携に至った背景や連携内容、今後期待されることについてお聞かせください。
私どもからすると、都城市は人口16万人を超える大きな都市です。そのような中でマイナンバーカードの保有枚数率が90%近いのは驚異的なこと。一度都城市の池田市長とお話したいと思っていたところ、全国市長会でお会いする機会があり、お互いにマイナバーカードを地方創生や市民生活の利便性の向上などに活用しようと考えていることもあり、連携に至りました。都城市は我々よりも一歩先を進んでいるため、今後も色々とお話をさせていただいたり、職員間での連携をさせていただけたら、との思いもあります。

養父市が考える、デジタルとの向き合い方

―養父市のデジタルを推進する組織体制、人材育成・人材活用(外部登用含む)に関するお考え、現状についてお聞かせください。
養父市でマイナンバーカードの取り組みを始めた当初は、デジタルに強い人材はいませんでしたが、職員の中でパソコン等デジタル関係に頑張って取り組んでいた人材が努力を重ね、現在はデジタルファースト課長を任せています。企業や専門家に助言を求めたりしながら、職員に対しデジタル関連やプログラム的な思考を養う研修も行っています。また、子どもやその保護者、高齢者等のデジタルリテラシーの向上を目指し慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科と連携したデジタルワークショップも開催しています。

―中山間地域に位置する養父市ならではの、デジタルに期待する役割や、有効な活用方法などについて、お考えがございましたらお聞かせください。
養父市が誕生して20年。全域が山間地・中山間地で市全体の84%を山林が占め、平地面積が本当に少ない地域です。多くの自治体と同様に少子化・人口減少が深刻な課題で、2020~50年の30年間で20~39歳の女性が半減する人口分析を根拠とした「消滅可能性自治体」に挙げられています。
地方にいながら都市的な利便性が確保できることが、若者が移住する大きな理由になると考えており「いかに養父市らしい魅力的なものを作れるか」が我々の課題です。清流で魚釣りをしながら仕事をしたり、子供たちがのびのびと過ごせたり、丸の内のビル内で仕事をするよりも養父市で綺麗な山々を見ながら働く、そういった選択の可能性を秘めているのもデジタルだからこそ、期待する役割です。

―地方自治体の首長は、デジタルというものにどのように向き合っていくべきでしょうか。また、自治体運営においてデジタルはどのようなことに有効活用することが出来るかについて、市長のお考えをお聞かせください。
デジタル化により、物理的な距離や空間の制約を超え、必要なサービスを必要な人に届けられる社会を目指しています。デジタルを活用することにより世代や性別、国籍などあらゆる壁を越えて交流することが可能です。
人口が減少し続けている今、このまま人が減り続けたらどうなるのか、どうすればこの地域を守れるのか、地域経済を維持できるのか。人を減らさないためにどのようなことに集中的に経費を使っていくのか。そのためにはリスクの可視化・定量化を行い、問題を明確化する必要があります。

私たち養父市は、都市部にはない地方の魅力を活かしながら、デジタルの恩恵を享受できる持続可能な地域社会の実現を目指しています。