行政史上初 ! ? 再生回数240万以上も。葛飾区の公式TikTok「なんかいいよね、葛飾」成功の秘訣とは[インタビュー]

行政史上初 ! ? 再生回数240万以上も。葛飾区の公式TikTok「なんかいいよね、葛飾」成功の秘訣とは[インタビュー]

葛飾区役所 総務部 広報課シティセールスの坂井昌弘さん(左)と島田美星さん(右)



広報活動にX、Instagram、Facebook、YouTubeと、さまざまなSNSを活用している葛飾区だが、2023年6月より、TikTokの公式アカウント「なんかいいよね、葛飾【公式】」の投稿をスタート。1年の間に、50万や100万を超える再生数の動画がいくつも生まれている。なぜ、葛飾区のTikTokには力があるのか。
アカウントを企画運営する葛飾区役所 総務部 広報課シティセールスの坂井昌弘さん、島田美星さんと、協力会社である株式会社ホリプロデジタルエンターテインメント 執行役員の久保山裕さん、ソリューション事業部 クリエイティブ室の鈴木邑菜さんに話を聞いた。

(聞き手:デジタル行政 編集部 手柴史子)

TikTokに見出した可能性

               TikTokの公式アカウントトップ

それぞれのSNSについて、坂井さんは次のように説明する。「XとFacebookは各種イベント情報や区からのお知らせ、災害関連情報、注意喚起など。YouTubeでは健康体操や祭りの踊り方動画、区長から区民へ向けた区政情報などを発信。観光課が管理するInstagramは英語翻訳とセットにし、主にインバウンドに向けて景観や文化などを中心に投稿しています」

そしてTikTokを加えた理由を、「TikTokであればフォロワーが多くなくても『おすすめ』枠に載り拡散する可能性があるので、葛飾区のアカウントをフォローしていない人や潜在的に関心のある層にもコンテンツを届けられるのではないかと考えました」と続ける。

久保山さんも、「他のSNSだとフォロワーにコンテンツが表示されるのが基本ですが、TikTokはフォロワーに加えて、ユーザーの関心を引くコンテンツであればフォロワー以外にもリーチできる、非常に拡散性があるSNSです」と話す。ただし、拡散するためには、エンターテインメント性が重要と付け加える。

240万回以上再生されたASMR動画

       棕櫚たわしの作り方動画


これまでにもっとも多く再生されたのが、2024年6月に投稿した「棕櫚(しゅろ)たわし」の動画だ。たわしを作る工程の音に着目したASMR(Autonomous Sensory Meridian Response:聴覚などへの刺激によって感じる心地よい感覚に訴えかける動画ジャンル)動画だが、葛飾区の伝統産業の魅力まで伝える1本にまとめている。「製作過程のさまざまな段階で、さまざまな音が発生します。気持ちの良い音にフォーカスして興味を引きつつ、みんなが知っている『たわし』はこんな風にして作られているんだ!と感心してもらえるように発信したかったのです」(久保山さん)。撮影場所となった工房の有限会社サガラには、その後テレビ局からの取材オファーが続いたという。

納涼花火大会の動画も特筆したい。深刻な化粧崩れや、会場でスマホが通じなくなるなど、共感を誘う「失敗あるある」とその対処法をPR動画としたことで大きな反響を得た。

    花火大会の案内動画より「深刻な化粧崩れ」。左の女性から久保山さんへと顔が変わる

「深刻な化粧崩れも失敗あるあるの一つに挙げ、化粧が崩れた女性の顔が私の顔に変わっているという、ツッコミどころになるようなカットも敢えて入れました。それにより、いいねやコメントが増え、動画へのエンゲージメント率が上昇し、結果的に42万回以上の再生数を獲得できました。区として伝えたいことと、ユーザーにおもしろいと思ってもらえるポイントの両方をつかむことが大切だと思っています」(久保山さん)

単なる案内ではなく、エンタメ性の高いキャッチーなテイストを加えることで、来場を促進しつつ楽しんでもらえるコンテンツ作りにこだわっている。

リサーチと企画で7割が決まる

株式会社ホリプロデジタルエンターテインメント 執行役員の久保山裕さん(左)とソリューション事業部 クリエイティブ室の鈴木邑菜さん(右)

アカウントをどう成長させていくか、コンセプトのすり合わせを行った上で、企画を詰めていく。
大枠のテーマは区で設定し、ホリプロデジタルエンターテインメント側で、どのような企画だったらはまりそうかを吟味する。
「TikTokで今何が流行っているのかを入念に確認します。引き出しが多ければ多いほど拡散の可能性が高まるので、インプットにはとても力を入れています」と久保山さん。鈴木さんを始め、数名のメンバーでリサーチを進める。

しかし、そのまま使うわけではなない。「TikTokに投稿されている動画の約90%程度は個人によるものです。個人の投稿で流行している企画をそのまま自治体が投稿すると違和感が生じる場合があります。そのため自治体のアカウントとして、コンプライアンスの観点や、違和感が生じないかも考慮する必要があります」(久保山さん)

炎上の恐れがあるため、行政の場合には特に、何を取り上げるのかに神経を使わなければならないという。「硬い動画になってしまわないようにと思っているのですが、かといって砕けすぎてもいけません。攻めたいけれども攻めきれない、でも攻めないと保守的になってしまって再生数が伸びない。そのバランスが難しいです」と島田さん。
「攻めすぎてもだめだし、守りすぎるとユーザーにとっておもしろみのないものになってしまう。ただ、区の担当のお二人がいい意味で型にはまらないスタンスでいてくださるのでありがたいです。攻守のバランスが取れていて、しかも、弊社のような外部の力を借りながらも自走されている自治体はあまりないのではないでしょうか」(久保山さん)

坂井さんは、区の中に許容する体制があることが大きい、と言う。「行政側が満場一致でいいというものは、これまでやってきていると思うんですよ。そのアウトプットだけでは足りないから外部に頼んでいるのに、区の検閲を厳しくしてしまうと意味がなくなってしまう。明らかなコンプライアンス違反という場合以外は、投稿してみようという気風があります」(坂井さん)

今のところは外部から特に苦情もなく好意的な反応が見られ、コメント欄には「葛飾区民で良かった」「葛飾区はSNSが強い」といった内容があふれる。

内部では気づかない良さを見つける

撮影前に立ち位置やアングルなどを調整する様子

葛飾区を担当するに当たり、鈴木さんは区のホームページを隅から隅まで見ることから始めた。公式SNSアカウントは毎日チェックするほか、葛飾区に関する個人の投稿を拾うこともある。「それまで行ったこともなかったので、たくさん資料を送っていただいて片っ端から夜な夜な拝見しました。何度も撮影(ロケ)に行ったおかげで、今では随分それぞれの駅のことや周辺情報が把握できるようになってきました。それでもまだ知らないことが多いので、直接電話をかけて尋ねたり、ロケの下見に行ったりして、担当のお二人とはもちろん、街の方々とコミュニケーションをとるよう心がけています。区民の方が知らない情報も区民でない私たちが出していくわけなので、これからも頑張っていかなければならない部分だと思います」(鈴木さん)
こうした地道な活動が一番大変であり、一番重要なところだと、両者で認識をそろえている。

「区の方からこんな動画を作ってほしいと言うだけでは、区が求めるものを丁寧に作り込んだ、おもしろみのないものしかできない。内部では気づかないところを見つけてもらえるとうれしいですね」(坂井さん)

認知と誇りにつながるツールとして

撮影した動画を確認する様子

他自治体から問い合わせが来たり、ByteDance(バイトダンス:TikTokを運営する企業)からも取材を受けたりしているという葛飾区。「区民が喜んでくれること、興味を持って訪れてくれる人が増えることが一番。そうして関係人口の増加につながればいいですね」と坂井さんは話す。棕櫚たわしの動画のように、すばらしい技術があると話題になるきっかけを提供できれば、再生数以上の価値があると考えている。

島田さんも、「区外や海外の人に認知してもらいたい気持ちは大きいですが、TikTokで葛飾区が有名になることで、住んでいる方の幸福度やシビックプライドの向上にもつなげていきたい。それが今後の大きな目標です」と続ける。

TikTokはコミュニケーションツールの一つ。「区側が押し出したいものだけを一方的に発信しても響かないことが多いです。発信したい情報をユーザーにメリットがある形でどう渡していくか、模索する日々です」と坂井さん。「TikTokはアルゴリズムがすぐに変わってしまうので、本当に悩ましいんです。大切な情報を多くの人に届けるためにも、特に立ち上げ時にはプロの力をうまく借りるのがいいかもしれません。しかし何よりも、担当のお二人がTikTokに詳しいし、よく見ていらっしゃると感じます。アイデアもどんどん出していただける。こうした部分が強みだと思います。この体制だからこそ、結果につながっているのでしょう」(久保山さん)

葛飾区
株式会社ホリプロデジタルエンターテインメント