神奈川県・横浜市が展開する総合防災アプリ「横浜市避難ナビ」にみる可能性[インタビュー]

神奈川県・横浜市が展開する総合防災アプリ「横浜市避難ナビ」にみる可能性[インタビュー]

横浜市総務局 危機管理室危機管理部 地域防災課の佐久間隆幸さん(右)、横倉光さん(左)


「いまからいざに備える」総合防災アプリとして、2021年より構想をスタートした「横浜市避難ナビ」。市民への防災啓発をさらに推進するため、「意識の醸成」「事前の備え」「避難行動の支援」の3点にフォーカスし、それぞれの機能開発を進めていった。その後2022年3月にリリース、1年間の実証期間を経て、2023年4月より本格稼働している。
2024年9月末までに67万ダウンロードを達成、100万ダウンロードを目指す。概要や今後の展開について、横浜市総務局 危機管理室危機管理部 地域防災課の佐久間隆幸さん、横倉光さんに話を聞いた。

(聞き手:デジタル行政 編集部 手柴 史子)

防災情報伝達手段の一役として

避難ナビTOP画面

「横浜市避難ナビ」には、大きく以下3つの役割がある。

  1. 意識の醸成:ARを活用した浸水の擬似体験により、防災への意識を高めること。
  2. 事前の備え:住んでいる地域の危険性を確認し、前もってマイ・タイムラインを作成すること。
  3. 避難行動の支援:災害時、マイ・タイムラインと連動して避難情報がプッシュ通知され、開設している避難場所やルートの確認ができる。

佐久間さんは、「市民一人ひとりに、浸水区域や崖地があるといった地域の危険性を把握してもらい、災害時の逃げ遅れゼロを目指すために、個人ごとの避難計画を作って欲しいという思いから制作するに至りました」と話す。
どういったものを提供できるか模索する中で、マイ・タイムラインの作成以外にも、災害時の避難所および避難経路情報、気象情報などを確実に収集して、迅速かつ適切な避難行動をとってもらえるよう、オールインワンのアプリを目指したという。
AR技術に知見を有する学校法人神奈川歯科大学、数々の防災アプリの制作実績があるファーストメディア株式会社と連携協定を結び、仕様の調整を重ねた。
「防災にあまり関心がない層にどうすれば防災情報が届けられるのかという議論がなされた時に、皆さんスマートフォンは持たれているので、アプリだとDX的観点からもいいのではという方向になりました」と横倉さん。

「とはいえ、防災情報の伝達には複数の手段が必要。これであればあの人に伝わる、あれではこの人には伝わらないといった状況が考えられる。ホームページ、各種SNS、広報誌、テレビ、ラジオなど複数の手段を活用していますが、その上でスマートフォンの普及率は9割を超えているので、やはりアプリだろうという結論になりました。しかもアプリであれば、プッシュ通知で必要な情報を必要なタイミングでお知らせできます」と、佐久間さんは続ける。

避難のタイミングを5段階で通知

事前に自身の家族構成、どういった地域に住んでいるのかを確認し、マイ・タイムラインを作成しておくと、自動的に避難通知が届く仕組みだ。「横浜市内にも浸水エリアがあります。それを事前に把握いただいていることが前提ですが、浸水エリアかどうか、また高齢者がいらっしゃるかどうかなどをアプリに入力します。本市から避難を促す際には5段階のレベルを設定しており、例えば高齢者がいらっしゃればレベル3、いらっしゃらなければレベル4で避難通知が届きます」と佐久間さんは説明する。

避難所検索画面(左)とマイ・タイムライン作成画(右)

最寄りの避難所を検索できる点も特徴だ。しかも横浜市だけでなく、全国の指定避難所を調べることが可能。また、AR機能を用いた浸水体験では、スマートフォンのカメラを通じて実際に浸水しているような映像が映し出される。イベントなどで体験してもらうと、家の中が水浸しになっていたり、流木が流されてきたりしている映像に、災害の怖さを感じる子どもたちが多いという。「水が30センチでも流されてしまうことなどを体感され、親御さんからも防災の大切さを学ぶきっかけになったというお声をいただきます」(横倉さん)
その他、高度を測る機能も付いているので、垂直避難のイメージをつかむこともできる。

防災AR体験画像

2024年9月末時点でのアプリダウンロード数は67万。多くの方にアプリを活用してもらうため、チラシの作成、ラジオ・公式SNSでの周知、さまざまなイベントにブースを出展したり、また観光客にも使ってもらえるアプリとして個別にホテルを訪問してチラシの配架をお願いしたりと、地道な周知活動を続けてきた結果だ。「今年2024年8月に台風7号、10号が続いた際にはダウンロード数が伸びました。災害時にはやはり興味を持ってもらえていると感じています。数字にとらわれるわけではないのですが、多くの方に知ってもらえれば、それだけ多くの方の役に立つと思うので、100万ダウンロードを目標に引き続き周知を進めていきます」(佐久間さん)

横浜市ならではのアプリを

佐久間さんは「ダウンロードしてもらう必要があるので、それで二の足を踏んでしまう方もいらっしゃるかもしれない」と言う。実際、ダウンロード方法や操作方法が分からないから教えて欲しいといった問い合わせも多い。とはいえ、利用者からは概ね「全国の避難所が検索できて便利」「自宅周辺のリスクが確認できる」「プッシュ通知は助かる」といった評価の声が多く寄せられている。

「災害時に使えるよう本当に必要な機能だけに絞り、誰もが使いやすいアプリを目指した」と横倉さんは話す。ボタンも少なく、レイアウトもいたってシンプルだ。今年2024年8月、神奈川県西部を震源とする最大震度5弱の地震が発生した際には、アクセスが集中したことにより、一時的に動作が重くなったという。そういった事態も想定し、サーバーを増強しており、今後もスムーズな動作を確保していくのが課題だ。
また、「シンプルな作りにしてはいるものの、取扱説明書はあったほうがいい」と佐久間さん。今後、説明動画などを作成していきたい意向だ。加えて、現在は風水害に特化しているため、地震にも対応できるアプリにアップデートしていくことを考えている。

横浜市は地震、台風の危険性はもちろんのこと、坂が多い、人が多いといった地域特性がある。「他自治体を参考にしつつ、大学、企業と連携して、横浜市に特化したアプリを作ることを意識しました」と横倉さん。
防災を啓発し、災害時には助けになる。横浜市が目指した総合防災アプリの今後に期待したい。