福岡県直方市の挑戦、ノーコードツールを活用した行政DXの歩みとこれから【インタビュー】

福岡県直方市の挑戦、ノーコードツールを活用した行政DXの歩みとこれから【インタビュー】

福岡県北部に位置する直方市は、令和3(2021)年1月に市長、副市長、教育長、部長級の職員及び、CIO補佐官で構成されるDX推進本部を立ち上げ、市を挙げたデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に取り組んでいる。DX推進の取り組みにあたり、その一つとして「ノーコードツール」を活用した手続きのオンライン化、庁内業務・教育現場のデジタル化を進めてきた。同市では、グラファー社の「スマート申請」、授業支援クラウドシステムの「ロイロノート・スクール」、サイボウズ社の「kintone」を導入しているという。どのようにツールを活用してDXを推進してきたのか。今回は、DX推進本部の事務局である、企画経営課課長の山中さん、DX推進係の品川さん、三戸さんの3人に話を伺った。


(聞き手:新井 なつき)

-DX推進における企画経営課DX推進係の役割について、お聞かせ下さい。

品川氏:地方ではまだDXという言葉に馴染みがなかった令和2(2020)年に、これからの地域創生にはDX推進の視点が欠かせないという大塚市長の方針のもと、令和3(2021)年1月に部署を横断したDX推進本部が立ち上げられました。その後、同年4月に市のDX推進における専門の部署として、企画経営課にDX推進係が設置されました。
DX推進係の主な役割として、全庁的な「手続きのオンライン化」や「決裁の電子化の推進」など、DX推進の旗振り役のほか、DX推進におけるトップ(DX推進本部)と現場(各部署)をつなぐ「ハブ」の役割を担っています。

「スマート申請」を活用した申請手続きのオンライン化

-グラファー社のスマート申請を導入された経緯についてお聞かせください。

品川氏:本市のDX推進にあたっては、「内部事務の変革」、「外部向け行政サービスの変革」、「地域の情報化」という3つのビジョンを掲げ、戦略的にDXの推進に取り組んでいます。このビジョンの一つである「外部向け行政サービスの変革」の実現に向けて、令和3(2021)年度は、「各種行政手続きのペーパーレス化・オンライン化」に重点的に取り組む方針を決定し、全庁へ展開を開始しました。既に、市民担当課が自部署の手続きのオンライン化に向けて、グラファー社の「スマート申請」を導入しており、このツールを活用して全庁的に取り組むことにしました。

-どのようにオンライン申請に対応する業務を決めていきましたか。また、オンラインに対応する業務の条件はありましたか。

山中氏:当時(令和2(2020)年度)、政府より押印規制の見直しの方針が示されました。この国の方針に則り、直方市では、押印を必要とする手続きが全庁でどのくらいの数あるのかを洗い出し、手続き毎に押印を見直すことができるのかを調査したのですが、その際に、それらの手続きがオンライン化に対応できるかについても調査を行いました。この調査結果を踏まえ、DX推進本部で「担当課がオンライン化に対応できると回答した手続き」かつ、「年間の取り扱い件数の多い手続き」を優先してオンライン化するという方針を決定しました。

-手続きのオンライン化はどのような体制で進めたのでしょうか。

品川氏:令和3(2021)年度は、DX推進本部長(市長)の方針のもと、専門部会として、課長級の職員で構成する「オンライン申請推進部会」を設置し、さらにその中に係員クラスの職員で構成する「ワーキングチーム(WT)」を設置して、部署を横断した取り組みを行いました。WTは、1クール2ヶ月間で活動を行い、2~3回の頻度で会議を開きながら、取り組みの進捗状況や課題などの情報を共有しました。WTは1クール20人程度の職員が参加しており、参加職員が所属する部署の手続きを中心にオンライン化を行うことで、2か月に1度のタイミングで20~30程度の手続きについて、一斉にオンライン化に対応していくことができました。

-手続きをオンライン化対応するにあたり、工夫された点や大変だった点について、お聞かせ下さい。

品川氏:最初は職員が難しそうというイメージを抱き、なかなかオンラインフォームの構築が進まないこともありました。そのような場合は、DX推進係で手続きのサンプルを作り、ある程度出来上がったものを担当部署に引継いで作成してもらう方法をとりました。実際に扱ってみると案外簡単に構築することができるということが分かれば、後は職員自身で作るようになります。このような過程を経て、今はオンライン手続きが各課に浸透しているため、DX推進係で代わりに作るようなケースはほとんどありません。

-市民からの反響や業務の変化はありましたか。

品川氏:「スマート申請」には、市民の方がオンラインで申請した後に、任意で意見などを記載できる欄が設けられています。その中で、利用者の方から、「オンラインで申請できてよかった」という声をたくさんいただいています。市民の方から直接お礼を言っていただくことで、職員の励みになっています。
また、紙の申請と異なり、申請内容がそのままデータとして残るため、その後の事務作業の効率化やデータ利活用の幅が広がる等、助かっています。

-オンライン化した手続きはどのくらいの数でしょうか。

山中氏:現在までに、約285種類の手続きをオンライン化しています。これらの手続きは、オンライン化したとはいえ、従来通り紙での申請も受け付けています。そのため、オンライン手続きを所管している部署は、紙とオンラインの両方の処理が必要で、かえって煩雑になってしまっている部分もあります。今後は、オンライン化した手続きのオンライン申請率を上げていくことが重要だと考えています。

-オンラインでの申請率を上げていくために、どのように取り組まれていますか。

山中氏:沢山の方にオンライン申請を知っていただくためには、繰り返しの周知が必要です。まだオンライン申請をご存じない市民の方もいらっしゃいますので、より多くの世代に使っていただけるよう、様々な方法で引き続き周知をしていく必要があると考えています。

ロイロノート・スクールを活用した学校と保護者間の連絡手段のデジタル化

-授業支援クラウドシステム「ロイロノート・スクール」の導入経緯について、お聞かせください。

品川氏:「ロイロノート・スクール」は、以前から教師と児童生徒間での情報のやり取りで使用しており、その機能を学校と保護者間の連絡に応用したということが本ツール導入の経緯になります。導入前までは、学校と保護者間のやり取りは紙とメールのみだったことから、保護者からもデジタル化を望む声が上がっていました。既に、一部の教育委員会で、「保護者への案内」や「児童生徒の出欠連絡」をデジタル化している事例があると耳にしていたため、直方市においてもデジタル化による利便性の向上を目指し、取り組むこととしました。

-どのような体制で取り組まれましたか。

品川氏:DX推進本部会議で、令和4(2022)年度の1年間をかけて、教育委員会(学校教育課)とDX推進係が協力して取り組みを行う旨が決定しました。そこから適宜会議の場を持ちながら、取り組みを行いました。

-連絡用のフォームを作成したということでしょうか。

品川氏:「ロイロノート・スクール」には、出欠連絡やアンケート等のテンプレートが用意されています。ノーコードツールのため、そのテンプレートをもとに作成すれば、簡単にフォームを作ることが可能です。

-既に、運用しているのでしょうか。

品川氏:令和5(2023)年度から、市内の小・中学校で一斉に運用を開始しています。ただ、最初から全ての学校に同時にデジタル対応するのは難しいと想定されたので、まずはパイロット事業として、令和4(2022)年7月に、市内の3校で1か月間試験的に運用を行いました。その後、対象の保護者へアンケートを行ったところ、8割以上の方がデジタル化に賛成と回答され、多くの保護者がデジタル化を望んでいることがわかりました。同年の秋には、市内の全ての小・中学校を対象に第2弾のパイロット事業を実施し、取り組みの効果が得られたことから、令和5(2023)年度より、全小・中学校で正式に運用を開始しています。

-運用後に、教職員や保護者の方から反響はありましたか。

品川氏:これまで、児童生徒の欠席連絡等は保護者が学校へ電話で行っていましたが、ツールの活用を始めて、欠席連絡の電話の件数が1/3程度に減少しました。また、市内の小・中学校にアンケートを行った結果では、15校のうち13校が「負担が軽減した・やや軽減した」と回答しており、効果が出ていると感じています。

kintoneを活用した庁内業務のDX推進

-「kintone」の導入経緯について、お聞かせ下さい。

品川氏:本市のCIO補佐官(市にアドバイザーとして参画いただいている民間のDX専門人材)から提案していただいたのがきっかけです。令和4(2022)年に企画経営課の行政改革担当を中心に全庁の業務分析を実施し、各部署の業務状況を可視化したのですが、その際に、改めて市には多種多様な業務の課題があることが確認できました。そこで、CIO補佐官より、データをマネジメントできる「ノーコードツール」を活用すれば課題の改善に繋がるのではないかとの助言を頂き、ツール導入の検討を開始しました。そのような中で、サイボウズ社が「kintone自治体向けキャンペーン」を実施することを知り、活用を開始したという経緯になります。

-実際に、どのような業務に「kintone」を活用しましたか。

山中氏:最初の事例として、企画経営課の実施計画業務に「kintone」を活用しました。企画経営課では、毎年、各部署から翌年度の実施計画書※を提出してもらっており、その数は200以上に上ります。従来、Excelで提出してもらっていましたが、部署ごとに様式や形式が異なるので、それらをまとめるだけでも大変な作業でした。
「kintone」であれば、入力フォームとデータベースを一括管理できるので、最適でした。また、実施計画書はどの部署も提出することになるので、全庁に普及していくことを想定し、最初にアプリ化しました。
※「市の総合計画を実現するための具体的な計画」として、向こう 3 年間の計画 を策定した計画書。

-どのくらいの期間で作成しましたか。

山中氏:初めてでしたが、1~2週間ほどで構築できました。

-システムを構築するなかで工夫された点・気を付けた点はありますか。

山中氏:職員が入力する欄をなるべく減らすよう心掛けました。プルダウンや、自動入力される仕様にすることで、入力ミスや間違いが起こらないような仕組みとなるよう工夫を行いました。

-運用後の職員の反応はどうでしたか。

山中氏:最初は問い合わせが多くあるかと予想していましたが、実際は問い合わせもほとんどなく、スムーズに展開することができたと感じています。

-そのほかに、「kintone」を活用された業務はありますか。

品川氏:これから活用予定のものも含めて、現在までに全庁で約70のアプリを構築しています。活用した業務の代表的な事例の一つとして、「介護施設の空き状況のデータベース化」があります。介護施設の空き状況について、従来は、市民から問い合わせを受けた場合、その都度各施設に電話等で確認を行っていました。今回、「kintone」とプラグイン機能を活用して、各施設の空き状況を「kintone」のアプリ上に集約する仕組みを構築しました。このアプリを活用することで、各施設の空き状況が変動した場合のみ、施設職員の方がスマートフォンを用いて専用アプリから情報を更新すれば、「kintone」上でいつでも最新の空き状況が確認できるようになります。このアプリは担当部署である健康長寿課の職員が自作したのですが、市民サービスの向上に加え、施設職員や当市の職員の負担も軽減された、好事例の一つだと思います。
また、最新の事例として、「kintone」と本市が以前から活用している地図ソフト「ArcGIS」を活用して、災害時情報共有プラットフォームを構築し、業務に活用しています。これまでは、災害時に現場に派遣された職員が避難所の状況や被害箇所・被害内容を確認後、災害対策本部に電話や紙で報告していました。今回構築したプラットフォームは、避難所の開設状況、避難人数、被害状況について、kintone等のノーコードツールを用いて職員のスマートフォンから災害対策本部に報告できるようにするとともに、道路や側溝などの水位情報も自動で転送されるよう設定することで、一つのアプリに必要な情報がリアルタイムに集約され、本部の迅速な意思決定を可能にしました。また、集約した情報は市民にもプッシュ通知というかたちでお知らせするため、災害時の情報発信の高度化にも繋がっています。

山中氏:職員が普段の業務からノーコードツールを活用し、身近なものとして浸透してきているからこそ、その延長として災害時情報共有プラットフォームのような災害時への応用ができたと考えています。

-業務の変化や職員からの反響はありましたか。

品川氏:「kintone」を導入して約1年が経過しましたが、ツールを活用することで得られる効果やその可能性の理解が、職員のなかで徐々に浸透しつつあるのかなと思っています。


山中氏:グラファー社の「スマート申請」や「kintone」等のノーコードツールの活用が全庁に拡がるにつれて、職員がDX推進係へ活用の相談に足繁く通うようになったと思います。また、職員が「ツールを使って何か作成してみよう」と考えるようになってきていると感じています。
また、外部サービス面では、オンライン申請の利用件数が伸びているのが一つの反響だと考えています。ただ、まだまだオンライン申請をご存じない市民の方もいらっしゃると思うので、引き続き広く周知を行っていく必要があると考えています。

-直方市で、ノーコードツールを活用した内製化への取り組みが順調に進んでいる要因は何でしょうか。

山中氏:全庁の意思決定機関であるDX推進本部を立ち上げて組織体制を整備し、組織全体のコンセンサスを取ったうえで取り組みを進めているということが大きな要因だと思っています。

今後の目標・展望

-今後の目標・展望について、お聞かせ下さい。

品川氏:直方市のDXビジョンの一つに、「地域の情報化」があります。行政内部のみならず、「市役所も含めた地域全体の情報化を一体のものとして捉えている部分」が、直方市DXの特徴と考えています。
例えば、先ほどの「災害時の情報共有プラットフォーム」についても、行政内部の活用だけでなく、将来的にはプラットフォームに蓄積されるデータをオープンデータとして公開し、民間事業者(個人)の方にも利活用していただく等、地域全体でデータを利活用できる状況をつくっていけたらと考えています。


山中氏:現在、ノーコードツールを活用しているのは、職員が中心になります。自治体は、様々なデータを活用して行政を運営していかなければなりませんが、その際に、市民参加の手段としてノーコードツールを有効活用できないかを検討しています。例えば、市民の方がより気軽に声を出せたり、情報提供したりできる仕組みづくりにノーコードツールを活用していきたいと思っています。