「消滅可能性都市」から北陸初の「デジタル田園健康特区」へ、宮元陸市長が牽引するDX先進都市・加賀の歩みと将来展望[インタビュー]
石川県の南西部に位置する加賀市は「スマートシティ加賀」構想を推進し、デジタルを活用して人口減少などの地域課題に取り組むDX先進都市として全国でも突出した存在だ。2022年4月には「デジタル田園健康特区」に指定され、健康・医療分野を始めとした課題解決を加速させる中、3期にわたり同市を牽引する宮元陸(みやもとりく)加賀市長のお話を伺った。
(聞き手:デジタル行政 野下智之)
デジタルで産業の創出を目指す
-「スマートシティ加賀」としてのお取組みは、全国区で有名であり、市民の方からも高い評価を得ておられるとお聞きします。加賀市ならではの、どのようなお取り組みがここまで評価されてきたと思われますか?
加賀市は2014年に「消滅可能性都市」と指摘されており、日々人口減少との闘いです。部品メーカー・ものづくりが活発で観光が特徴的な産業構造となっており、景気の長期にわたる低迷で打撃を受けています。特に観光は裾野が広いため、ダメージを受けると人口減少に直結します。
デジタル化・スマート化によって新しい産業を創出していきたいというのが本来の希望ですが、簡単なことではありませんので、苦労しております。
加賀市はイノベーション推進部に30名程度擁しており、組織体制づくりは早かったのですが、核となる産業の芽を見つけ育てることに時間がかかり、難題だと感じています。
「先端技術が世の中を変える」ということは10年近く前から意識しており、デジタルに真剣に向きあわなければ取り残されてしまうという危機意識の元、ベンチャー企業や大手企業と連携協定を結び、進めてまいりましたが、産業を創るのは本当に至難の業ですね。
マイナンバーカードの普及率が2021年に全国の市区で一番になったこともあります。やはりデジタルプラットフォームを構築する上で、基盤のインフラをしっかりとしなければいけませんし、マイナンバーカードの普及にも基盤整備は不可欠なことでした。
それだけではいけないので、基盤整備をきっかけとして新しい産業を創出すべく様々なことに取り組み、2022年には「デジタル田園健康特区」に指定されました。北陸初であり、国家戦略特区に選ばれることを最大の目標としておりましたので、それが実を結びましたね。それによる規制緩和を武器として新しい産業を呼び込み作り上げることに全力で取り組みたいと考えており、ようやくそのスタートに来ることができたな、という認識でおります。これまで失敗もたくさんありましたから。その失敗を糧として特区の認定を受けることができましたし、北陸新幹線の呼び込みにも成功しました。
-「デジタル田園健康特区」に指定されましたが、具体的な施策として行おうとされていることはありますか?
「デジタル田園健康特区」に指定され、企業を呼び込んだり産業を創出したりする基盤ができました。企業誘致はもちろん、規制緩和が撤廃できれば伸びる産業やビジネスもありますので、国内外から呼び込んでいきたいですね。
「医療版情報銀行」の開発も進めており、個人名を含めた医療等の情報を収集・健康データと連携させ、2次流通・データ利活用させる基盤を作ろうとしています。この分野でも民間企業に来てもらうことが一番の狙いです。
直近ではドローンを中心とした空のビジネス・ドローン産業に注目しております。規制が多いのですが、特区指定による規制緩和を武器に、加賀市で実証実験を行い産業の芽としていきたいと考えています。
北陸新幹線延伸で期待する観光
-加賀市版ライドシェア実施に至った背景、導入までの道のり、導入後についてお聞かせください。
2024年3月からUber Japanと連携し「加賀市版ライドシェア」を開始しました。「自家用有償旅客運送」の規制緩和後、全国初の取組です。
元々タクシー運転手が不足し予約しにくい状態がある中、3月16日の北陸新幹線の加賀温泉駅開業に間に合わせるため必死に進めてきたという背景がございます。
「加賀市版ライドシェア」を始めるにあたり、タクシー会社や地域公共交通会議の承認も得なければなりませんので苦労しましたね。
ただ新幹線が停車するようになって観光客が一気に増えたわけではありません。能登半島地震により市内の宿泊施設で多くの避難者を受け入れておりました。今後は、多くの方にお越しいただけるよう魅力発信に努めていきます。
現在はユーザーの3割はインバウンドの観光客。「加賀市版ライドシェア」はUberのアプリを活用しており、Uberは世界で展開されているため、海外のユーザーが多いですね。
関係人口だけじゃない「e-加賀市民」は開業サポートもワンストップ
-加賀市で民間事業者の協力を得るために、どのような工夫をされてきたのでしょうか。
2021年から「e-加賀市民制度」をスタートし電子上の市民「e-加賀市民」を生み出すことでの関係人口創出に取り組んでおり、2024年3月から本格的運用を開始しました。
「e-加賀市民証」は無料で提供していますが、運用本格化のタイミングで500枚限定の新デザイン「限定版e-加賀市民証」の提供も行っています。どちらの市民証も持っていれば市内の店舗で割引サービスを受けたりすることができますが、限定版のものは「加賀市開業ワンストップセンター」の利用ができます。
「加賀市開業ワンストップセンター」は国家戦略特別区域の指定を受け、市内でのより一層の開業支援を目的に設置されたのですが、法人設立等の申請窓口が集約されており、個別の窓口に出向くことなくオンラインで様々な手続きが可能となっています。
さらに2024年5月に開業相談や登記申請など各種オンライン開業相談を無料でサポートする「加賀市web3課」を立ち上げ、国内外から関係人口を増やす仕組みを作りました。「加賀市web3課」はメタバース空間に存在し、コンシェルジュ役の職員に手続きの相談ができます。
加賀市は国家戦略特区ですから、規制緩和によって起業がしやすい環境にあり、外国人起業家を対象にした特例措置も存在します。国内企業だけでなく、海外からのスタートアップ誘致などにも期待を寄せており、産業創出や企業誘致をどんどん進めたいですね。
-DX を進めるうえで、参考にしている都市や具体的な取り組みなどがありましたら、お聞かせください。
世界最先端の電子国家エストニアをお手本にしています。エストニアのように国がきちんと基盤を作って整備するというのがデジタル化の本来の形ではないかと感じています。自治体システム標準化が未だできていないのも、そういったことに要因があるのではないでしょうか。標準化は国がお金をだして全てやってくれると地方自治体はとても助かりますから。
加賀市ではエストニアにも拠点を持つxID(クロスID)の技術を用いて、スマートフォンだけで手続きが完結するマイナンバーカードを活用した行政手続きサービスを2020年8月に開始しています。
デジタル化の利便性を感じてもらうために
-加賀市のデジタル人材育成・確保についてお聞かせください。
加賀市では2015年よりアメリカ発祥のロボット教育プログラムである「ロボレーブ」の国際⼤会を毎年加賀市で開催しています。
全国でプログラミング教育が必須となる3年前の2017年から市内の全小中学校でプログラミングの授業を行っており、コンピュータクラブハウスというボストンで設立された子ども向けのテクノロジー施設も2019年に日本で初めて導入し「コンピュータクラブハウス加賀」を設置、機材をそろえ子どもたちにデジタル教育の機会を提供しております。
市役所内でもリスキニングに取り組んでおり、再教育プログラムを用意しているのですが、全職員の4割程度が自主的に受講している状態です。
また、地域の商工会議所に加盟している企業にも市が費用を負担しリスキニングを実施し、生成AIの活用やツールの導入も積極的に行っております。
AIの活用はChatGPTから始めましたが、今は様々なものを使っており、調べ物は楽になった印象です。セキュリティ上の課題に対応するため、個人情報は入れない等のルールを設け、事前に研修も行っています。加賀市では様々な事業においてプライバシー影響評価(PIA:Privacy Impact Assessment)を実施し、個人情報を取り扱う上でのリスクを最小限にしており、全国で最もPIAに取り組んでいる自治体の一つなのではないでしょうか。
CDO(最高デジタル責任者)の山内をはじめ、民間企業からも積極的にデジタル人材を呼び込んでおり、CDOを中心に市役所内の人材はすごくデジタルについて成長しました。
全国の自治体でDX人材が不足しているという話も聞きますが、加賀市では充実していますね。役所内である程度のことはできますから。
能登半島地震の時も職員とボランティアでノーコードツールkintoneを使って避難者アプリを作成し、被災者受け入れ時のデータベースを内製で構築しました。ノーコードツールを自治体で使用するにはセキュリティ上の問題がありますが、「三層分離」環境においても、民間企業なら良く使うITツールが役所業務でも使えるように、セキュリティを担保の上、kintoneは使用しています。
-誰もが恩恵を受ける、行政サービスのデジタル化とは、どのように進められるべきでしょうか。
やはり市民が利便性を感じなければ意味がありません。それを実感してもらえるように進めなければいけないですね。
加賀市の電子申請は、行政事務の申請業務の分母が約1500種類とすると、905種類まではオンラインで申請できるようになりました。わざわざ市役所に来なければ手続きできないということは、市民の生産性を阻害しているので、より一層電子申請を進めたいですね。「書かない窓口」に取り組んでいる自治体もありますが、加賀市では「市役所にいかない」ようにしなければいけないと考えております。
また、観光客の誘致にも必要なことですが、今後は市民の足となる公共交通の整備も進めたいと考えています。
加賀市内にある温泉旅館や福祉施設ではかなりの台数のマイクロバスを保有しているので、そういったものを最適化した移動手段の仕組み・デジタル化を早く行いたいですね。そのためには財源も必要ですが。
市内に大学がないこともあり、毎年数百から1,000人近く人口が減っています。空き家が増え、お店が減り、後継者が不足するという人口減が加速している状況です。
そんな中、高齢化が進み技術継承に課題がある農業においてもIoT に取り組み、デジタル化によって日照時間・温度・湿度など気象条件を見える化・生産者の経験や勘に頼らない栽培の効率化を模索し、特産品の高級ぶどうルビーロマンの商品化率を当初50%程度だったのが75%程度まで向上させることに成功するなどデジタルの力で課題と向き合い解決しています。
デジタル化は初期投資、運営コストなど本当にお金がかかります。先行者利益があると思っていましたが、なかなか難しいですね。我々が先行で実施している取り組みがあったとして、後付けで国が標準化すると、費用は国が負担してくれたりしますから。
データの移行だけでも莫大なお金がかかりますし、さまざまなことを先行してDX化しているからこそ実感する問題です。ですが、お手本にしている世界一のデジタル先進国エストニアが小国であることからもわかるように、デジタル化において自治体規模の大小は関係ありません。推進を進め、移住などにも結び付けたいですね。