「“行かない、書かない、待たない”窓口 = スマート窓口」の実現を目指す愛知県・豊田市の取り組みとは[インタビュー]

「“行かない、書かない、待たない”窓口 = スマート窓口」の実現を目指す愛知県・豊田市の取り組みとは[インタビュー]

豊田市役所 情報戦略課 廣濱学さん

2020年7月、デジタル技術の活用に関する目指す姿や基本的な考え方、方向性を示す「豊田市ICT活用ビジョン」を策定した豊田市。2021年2月には、このビジョンと国のデジタル化、DXが加速する社会経済情勢の変化を踏まえ、DXにより実現する豊田市の姿、それらを実現していくための戦略・具体的な施策などをとりまとめた「豊田市デジタル強靱化戦略」を策定した。「“行かない、書かない、待たない”窓口=スマート窓口」を究極としつつ、2023年5月よりまずは来庁しても書かなくていい窓口を市民課で実装している。豊田市役所 情報戦略課 廣濱学さん、市民課 武田祐太さん、磯谷由美さんに話を聞いた。


(聞き手:デジタル行政 編集部 手柴史子)

「書かない窓口」はスマート窓口の1つのフェーズ

書かない窓口に用意されている端末

豊田市が「豊田市ICT活用ビジョン」「豊田市デジタル強靱化戦略」を策定したのは、まさにコロナ禍。来庁しなくてもいい窓口を目指す計画を盛り込むことは、その対策としても必然だった。その1つのフェーズとして、市民課に限定して「書かない窓口」を導入した理由を、廣濱さんは次のように説明する。「各課で手続きを電子化し、ウェブフォーマット上で申請できるようにした“行かない窓口”の事例は、補助金申請や電話予約などいくつもあるのですが、“書かない窓口”を実現するのはかなり難易度が高かったんです。紙と電子のそれぞれで受けると台帳が2つできることになってしまい、逆に業務が複雑化してしまうこと、全庁で統一的に活用できるツールが見つけられなかったことなど、いくつかの難しさがあり、まだ手探りの状況ではあります。横展開できるかも検討している段階です」

完全に市民課の業務に特化し、カスタマイズしてシステムを作り込んだ。市外からの転入の場合、以前住んでいた自治体で交付された転出証明書をOCRで読み取る。市内での転居、市外への転出の場合には、事前にウェブ上で申請内容を入力してもらい、発行されたQRコードを窓口で提示してもらう。申請ができない方は直接窓口で職員が聞き取りながらウェブ入力する。いずれにしても、来庁者が書く工程は必要ない。

オンラインの事前申請画面

現在、事前にウェブ申請書を作成して来る方は2割ほどだという。「待ち時間に入力してもらえるよう、受付番号と一緒に入力画面に飛ぶQRコードを入れた案内をお渡しして促したところ、その数字まで上がったという感じです」と武田さんは話す。

紙がなくなったことで、印刷、物流も一切不要になった。ウェブで市民は24時間いつでも入力ができるし、電話対応に時間が割かれる状態も減っている。サービスは向上しつつ、職員の負担も軽減されたと、廣濱さんは感じている。導入直後には職員から大変という声も聞かれたが、バックヤードでの入力は圧倒的に楽になった。

電子化が目的にならないように

一方、DXの推進が職員に負荷をかけることのないよう心を配る。「職員の皆さんにとっては通常業務をこなしながら未来のために改善を重ねるというのはかなり難しいうえに、一時的に業務量がすごく増える形になってしまうんです。それに耐えられないところがあるので、しっかり手当てしていかねばと思っています」と廣濱さん。例えばもともと50項目あったものをそのまま全てデジタル申請ウェブフォーマットに落とし込んでも、実は半分も使われていない、結局何の時間も削減できていないという状態にならないよう、BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)の観点を持って進めている。一時的に業務が増える部分については、伴走支援型の外部協力者に委託しながら補強している。

導入前の取り組みと導入後の改善点

武田さんが、導入前に取り組まれたことや苦労されたエピソード、導入後の課題について教えてくれた。

導入前:
1. 受付フローの見直し
単純に現状の動きを全部電子化しても最適ではないだろうとの前提で、フロアのレイアウト、物の配置、人の導線を検討していった。

2. システムの連携
書かない窓口用の受付システムから完成データを受け取って入力に生かす仕組みを、全て構築する必要があった。これを正確に作り上げるにはかなりの労力を要したという。

3. 関係職員の研修
豊田市は広く、本庁以外に13の支所・出張所を有し、システムを使用する職員の数は市民課と合わせて100人を上回る。それぞれが問題なく使えるよう研修を実施し、問い合わせ対応を行った。

4. 他課との調整
児童手当や子ども医療費受給者証の受付など、本来は他課が担当している一部の手続きも、市民の移動がなるべく少なくてすむよう受付している。他課で扱っている申請書も含めて書かないでいいように、どのような内容を盛り込むべきか調整を重ねた。

導入後:
1. 窓口での所要時間を短くする
書かなくてすむようになった分、窓口で申請書を作り始めることになり、所要時間が伸びてしまった。そのため、いかに短くできるかを模索しつつ、フローの改善を実施している。

2. 様式の変更を反映する
時間の経過とともに、制度の変更などに伴って申請書の形は変わる。各課、システムベンダーと密に連携し、3者での調整を進めている。

申請書の書式はさまざまで、形式が変わる場合もある

窓口での所要時間は長くなったものの、総滞在時間は平均33分から26分へと、間違いなく短縮されている。また、受付番号発券機のそばに職員を配置し、要件を聞いた上で、それに応じた発券番号を渡す形に変更。番号の受け取り間違いもなくなった。

受付ブースの様子

アンテナ高く事例収集する

DX全体では、今後ウェブ申請・予約の8割達成を目指すほか、生成AIの活用にも力を入れる。個人情報などの機密情報を扱わない場合であれば生成AIの使用は可としており、文章の要約や下書きの作成、壁打ち相手として利用している。「進化の度合いが激しいので、新しい情報をしっかりとキャッチしながら有効に使っていきたいと思っています」(廣濱さん)

DXの推進には、新たなシステムの導入や更新などを含め、少なからずコストがかかる。「費用対効果を考えながら、回収すべきコストは回収し、回収に至らなかったとしても、市民サービスの向上や職員負担の軽減に必ず結びつくよう、把握していかなければと思っています」と廣濱さんは続ける。
書かない窓口の横展開に関しては、国が進めるシステム標準化の状況を踏まえながら、汎用的に使えるシステムを選別していく意向だ。豊田市ではシステムを内製化しているため、パッケージシステムからパッケージシステムへの移行よりも負担がかかるという。「痒いところに手が行き届いていたシステムが使えなくなる影響も大きいです」(廣濱さん)

また、市民課のワンストップ体制で多くの手続きを受け付けてはいるものの、あくまでも代表的なものに留まっている。市民が移動することは避けられないが、全ての業務を集約すると、例えば子ども家庭課にのみ用事がある場合、市民課が混んでいれば逆に待たせてしまうことになる。そうしたバランスを鑑みながら、どの部分を市民課で対応すべきか模索していく。「自分たちだけで正解にたどり着く必要はないと思っています。他の自治体だけでなく、携帯ショップなど民間企業で実施されている事例まで、幅広く見ながら、いいところは吸収していきたいですね」(廣濱さん)

磯谷さんは、「現在は住民移動を伴った手続きに限っていますので、印鑑登録などにも拡張できるよう考えていきたいです」と話す。

現実的な問題を見つめ、より良い形を求め続ける。