埼玉県深谷市の「書かない窓口」が、市民と職員に与えた影響とは[インタビュー]
多くの自治体が人口減少に直面している。埼玉県深谷市もその一つだ。そのため市の方針として、定員の適正化を図り、職員の増加を抑制する方向へ向かっている。職員の増加が見込めない一方で、市民の要望はこれまで以上に多様化している。そんな中、2020年7月の新庁舎オープンに合わせて「書かない窓口」を導入。その効果はどう市民と職員に寄与しているのか。デジタル化全体の取り組みと合わせて、深谷市役所 市民生活部市民課 課長補佐の清水昌彦さんと、企画財政部ICT推進室 課長補佐の小島拓也さん、主査の長谷川美子さん、主査の冨田佐知子さん(2024年3月25日取材時)に伺った。
(聞き手:デジタル行政 編集部 手柴 史子)
行財政改革の一環としてスタート
深谷市の市役所職員数は、増加の年があるものの、2006年の1042人から2022年は851名と、少しずつ減少してきた。今後もこの状況は避けられないとの危機感から、窓口業務改革に着手。「現在よりも少ない人数で多様化する市民ニーズ、山積みの行政課題に対応していかなければならなくなります。定型業務に携わる職員を減らし、市民からの相談など、より付加価値の高い業務に人員をシフトする『職員の適正配置』が急務と考えました」と、清水さんは話す。
2018年度、総務省の業務改革モデルプロジェクトにエントリー。全国から7市町村が採択され、深谷市も選ばれた。まずは市民課を対象にBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)と実証実験を実施。「業務の棚卸しをした上で、窓口に設置したタブレットで申請情報を入力してもらい、プリンターに送信するというセルフサービスの実証実験を行いました。その結果を総務省に報告し、2019年にワーキンググループを立ち上げて、2020年の新庁舎オープンと同時に、市民にやさしい、わかりやすい窓口を展開していくためにはどうしたらいいのか、検討を重ねました」
ワーキンググループには、企画課、ICT推進室、市民課から課長、課長補佐以下3〜4名ずつのメンバーが集まった。
セルフサービス化は、インターネットを仲介するためセキュリティ面の問題がある。法律の改正も必要なため、クリアするには時間を要する。ワーキンググループでは、先進的な取り組みを進める自治体を視察し、深谷市にふさわしい形を模索した。すでに書かない窓口を導入していた北海道北見市、千葉県船橋市、総務省主導でセルフサービスの実証実験を行なっていた神奈川県鎌倉市を視察。「その中で、北見市を訪れた時に、この窓口システムを使えばBPRで見えてきた深谷市の課題をすべて解決できると思いました。さらに、窓口業務支援システムと基幹系システム(自治体では住民情報や税務情報などを管理するもの)を連携させることで、効率化が図れると考えました」(清水さん)
この連携によって、聞き取りした情報を窓口業務支援システムでデータ化し、そのまま基幹系システムに流せることになった。こうして、「書かない窓口」の導入に至る。
それまでは、
① 市民が記載台でフロアアドバイザーのフォローを受けながら申請書を記入
② できあがった申請書を受付窓口に提出する
③ 受付窓口の職員が審査する
④ 受付した紙の申請書をもとにバックヤードの職員が基幹系システムに入力して申請書を出力する
⑤ 出力された証明書を職員が審査し、窓口で交付する
という流れだった。
導入後は、申請や届け出の手続きに、必要な事項を聞き取りし、システムやデータを使って一緒に確認しながら申請書の作成を支援する。市民は窓口で、できあがった申請書を確認後、署名するだけで手続きが完了する形に変わった。バックヤードの職員を削減できたと同時に、“手戻り”もなくなった。「間違いがあるとバックヤードから受付へ戻す、必要があれば受付から申請者の方に確認して聞き取りをし直すといった手戻りがあったのですが、この部分も効率化されました」
数字でも、必要職員数が4人から2人へ、証明書発行は平均9分、住民移動(市への転入転出)手続きは平均20分削減という効果が現れている。
市民からは「書かなくていいんだ」と喜びの声が聞かれている。「住民票や戸籍謄本を必要とされる多くの方が手続きの仕方がわからないので、手続きに必要な申請書の記入方法など職員が付き添って教えていました。それが、発券機で番号札を取れば待合席でお待ち頂ければいいだけになりました。発券機のところには要件を伺ったり、案内をしたりするスタッフを配置しています」(清水さん)
また、特に好評だったのが、外国人だという。深谷市は自動車工場のある群馬県に近く、工場へ通う外国人も多い。日本人よりさらに分からない彼らにとって、手続きが簡略化された書かない窓口は感動ものだそう。
進めるにあたっては、これまでの業務とガラッと変わってしまうので、職員の意識改革も必要だった。また、1からの立ち上げなので、若手職員2名に専属で携わってもらった。そのために、通常業務から離れてもらわねばならず、他メンバーとの協力体制も求められた。「新庁舎においては市民の皆さんにやさしく、わかりやすい窓口展開が必須だと伝え、納得してもらえたと思います。私もそうですが、新しいことへの取り組みに抵抗があったり、覚えることが負担になったりします。その辺りも配慮し、理解を得て、なんとか新庁舎のオープンに間に合った形です」(清水さん)
オンライン手続き数600を目指す
書かない窓口と並行し、申請手続きのオンライン化にも積極的に取り組む。オンライン申請の場合、住民票や戸籍謄本は郵送される。マイナンバーカードを使えば、コンビニ交付も可能だ。とはいえ、オンラインで全ての手続きが完結できるわけではない。例えば住民異動に関してはまだ来庁する必要がある。「将来的には来庁せずとも全てが可能になることを国としても目指していると思いますが、まだ道半ばといったところです。実現すれば、子育てや高齢者福祉について、あるいは障害者や外国人の方からのご相談ごとなどに、もっと注力できるようになるのではないでしょうか」と、長谷川さんは言う。
また、オンライン申請には“阻害要因”が存在する。「本人確認の必要性があったり、電子での提出が認められていなかったりするものがあるので、そうした阻害要因を解消するとともに、市民の皆さんに周知していかなければならないと考えています」(冨田さん)
市のホームページには、トップページにオンライン申請ができる手続きを一覧で表示。2023年12月には市の公式LINEもスタートし、メニューからオンライン申請に進めるような形にした。登録者数は2024年3月末時点で約1万人。「今後さらにオンライン申請を利用して頂けるように、大々的な広報などもおそらく必要になってくると思います」(冨田さん)
2021年に立てられたオンライン化方針では、全ての手続きのオンライン化を基本原則とする。年間件数が多いもの、阻害要因が少ないものから逐次進めており、2023年9月時点で480の手続きのオンライン化を実現している。「阻害要因を各課に確認の上、その解消に努めていきたいと思っています」(小島さん)
オンライン化対象の手続きは2000件ほどだが、年間申請件数が10件に満たないものも含まれているため、目標としている600件をオンライン化できると、手続きの網羅率として80%程度を見込めるのではないかと考えているそうだ。
手続きのオンライン化が進む一方、内部の業務環境はいまだ紙というペーパーレス化の課題がある。「オンラインで受けたものはそのままデータで処理していくことで、効率化が図れます。その流れを今後は作っていきたいと考えています。 2022年に策定したデジタル化推進計画でも、内部業務のデジタル化を謳っています」(小島さん)
限りある人材を大切に
RPA(Robotic Process Automation=ロボティック・プロセス・オートメーション)も活用されている。「人が通常パソコンで行っている作業を覚え込ませることで、自動化することができます。窓口システムと基幹系システムの連携に利用しているほか、110ほどの業務に導入しています」(小島さん)
冨田さんは、「例えば、収税課で通知を出す人を選択したり通知自体を作成したり、企画財政課で大量の資料の体裁を整えたりなど、さまざまな部署や業務で活かされています。決まった作業を多く行わなければならない場面や、決まった時期に同じような作業が発生しているような場面で活躍してくれます」と説明する。
2023年12月、書かない窓口を他課へも横展開すべくプロジェクトチームが立ち上げられた。適応できるかを含めて検討し、可能な部署への導入を進めていくという。
住民異動に限っては、すでに手続き自体は可能な状況が整っている。「転入出される市民の方は、書かない窓口で『手続き案内書』を取得することができます。それを持っていくと、例えば子育て、福祉に対応する部署でも、案内書に記載されているバーコードを読み込めば住民情報が出るようになっているのです。つまり、新たに記入する必要はありません。もともと北見市で開発されたシステムが、ワンスオンリー(一度提出した情報は、二度提出することを不要とする)の形になっていました」(清水さん)
早く横展開をしたかったのだが、その矢先に、2025年度からの基幹系システム標準化が決定された。その際、書かない窓口が使えないということにならないよう、合わせて導入していこうと先送りしたのだという。「それでも受付の部分は進めておこうと、チームが発足しました」(清水さん)
データ化された内容が自動的に反映されるため、職員からの書かない窓口の評判も上々だ。さまざまな業務の効率化によって、残業も削減されている。人口減少傾向に伴い、職員数の増加は見込めない。デジタル化によって、限りある人材を付加価値の高い業務へとシフトしていきたい意向だ。