地域の高齢化、人手不足にどう向き合うか。福島県南相馬市の歩行解析ロボットによる未病対策と、DX推進が目指す未来[インタビュー]
東日本大震災(以下「震災」)で大きな被害を受けた南相馬市。東京電力福島第一原子力発電所事故も重なり、多くの市民が市外に避難するに至った。南相馬市では、震災前と比較すると生産年齢人口(15歳から64歳まで)が約1万5000人減少し、震災から13年経っても慢性的な労働力不足に陥っている。また、いまだ市外への避難者を多数抱えている状況だ。市内の高齢化率は38.8%と、福島県全体の33.4%を上回っており 、県内13市でも高い水準にある(2024年1月1日現在) 。
高齢者をどうサポートし、人材不足にどう対応していくのか、歩行解析ロボットの活用と将来の希望について健康福祉部次長の稲村和史さんに、市が進めるDXの意義について復興企画部デジタル推進課長補佐の清信一芳さんに、それぞれ伺った。
(聞き手:デジタル行政 編集部 手柴 史子)
―歩行解析ロボットで病気の可能性が分かる?
福島県南相馬市は2021年より、株式会社RDS(以下RDS)の歩行解析ロボット「RDS CORE-Ler」を使った実証実験に協力してきた。「RDS CORE-Ler」はRDSと国立障害者リハビリテーションセンター研究所との共同研究で生まれたロボット。実際にリハビリをされている患者のデータを取りたいとの意向を、南相馬市の市立病院が受け入れたことがきっかけである。その後、健常高齢者のデータも欲しいとの声があがり、市内の健康福祉センターを提案。1日で100名ほどのデータを取得できたことから、定期的に実施されるようになった。2023年の9月には、健康維持、介護予防に広く活用するためにRDSと協定を締結。市の主導で、データ収集が行われている。
協定後の1回目は2023年10月8日に実施。敬老会に集まった高齢者20名ほどに協力を仰いだ。2回目は同年12月18日。今度は公募をかけ、道の駅の会議室に26名が集まった。
「目的はデータを取るだけでなく、内容をご本人にフィードバックすること。国立障害者リハビリテーションセンター研究所の方で整理いただいた後に、2月上旬には皆さんのお手元にお渡しする予定です」と、健康福祉部 次長の稲村和史さんは話す。
歩幅や姿勢も計測できるので、気をつけるべきポイントも付加される。
「健康への意識が高い方の参加が多いようです。また、ロボットに接する機会もなかなかないので、興味を持って楽しんでくださっているように思います」
人が歩くと、その前をロボットが並行して進み、3Dカメラで撮影して歩行姿勢を測定する。得られたデータは、クラウドサーバ上で保存・解析される。高価な設備がなくても精度高く、一般でも簡便に利用できるよう開発された。装置をつけるのに5分ほど、1回の計測は10〜15秒ほどで、2回行う。「国立障害者リハビリテーションセンター研究所には大掛かりな装置があるようですが、それだと1日数名ほどしか対応できないとのこと。RDS CORE-Lerなら、60名くらいは可能なのではないでしょうか」
待ち時間を飽きさせないために、認知症検査の機械も用意するといった工夫もした。テレビ埼玉の取材放映後には、RDSに埼玉県内の市町村からの問い合わせがあったそうだ。
「高齢者が増えていますので、健康寿命を伸ばしたい。身体能力はどうしても落ちていくものですが、緩やかに下がっていくようにできれば。血液検査やがん検診などは皆さん気にされていると思いますが、歩行の仕方や筋肉の動きなどを把握し、自分の体が今どんな状態なのかを知っていただける良い機会だと思います。歩くことへの意識づけにもなると考えています。介護予防や未病にもつながるでしょう」
今後は、高齢者が集う場所に出向いて行って経験してもらうことも視野に、回数を増やしていく予定だ。「より多くの方に、未病の意義を感じてもらいたいですね」
―南相馬市がDXを推進する意義
南相馬市では、2022年4月にデジタル推進課を設置。副市長をCIO(自治体の最高情報統括責任者)に、外部専門人材をCIO補佐官に迎えて庁内横断的な本部会議を設置し、DXの推進体制を構築。併せて、職員の業務量調査も実施。「地域のDXを推進するためにはまず、職員の働き方を変えることが必要だと考えています」と復興企画部デジタル推進課 課長補佐の清信一芳さん。業務フローを見直したうえで、デジタルツールを最適な形でフル活用し、職員の負担軽減を図っていきたい意向だ。
背景には、前述したように東日本大震災がある。復興業務は継続しており、業務量は増加しているが、新たな地域課題にも限られた人員での対応が迫られている。いま抱えている事業をいかに効率化できるか。DXはその切り札だ。DXによる業務改善に共感し、モデルとなる所属と連携・協力しながら、文書の取り扱い方や業務手順の見直しなど、さまざまな取り組みに挑戦している。
「変革のための業務は通常業務に加えて積み上がるもの。その業務負担に耐え切れず挫折してしまう事例も多いと考えています。変革を成功させるためには、その業務負担をデジタル推進課やCIO補佐官が伴走支援し、各職場が乗り切れるための支援体制を作ることが大切です」(清信さん)
加えて大切なのは、変革やデジタル化のメリットをしっかりと丁寧に職員に伝えること。
自分たちの働き方の変化や、その先にある市民に寄り添った最適なサービスの実現につながる点を地道に説明しながら、共感を得ていきたいと清信さんは続ける。「職場の仲間に見えるようにちょっとした変革の成功事例を積み重ね、各職場まかせではなく、私たちも一緒に頑張るという姿勢を見せることが大切だと思います」
慣れ親しんだ仕事の仕方に課題がないかを議論し、丁寧に変革を進めることで「やってよかった」を積み上げ、必要であれば共通ルールも変えていく方針だ。「そもそも、いつもやっている仕事の場合、手間やムダがあっても当たり前になっているケースも多いです。中にいると分からないことも、外から見れば分かる場合もあるので、そのギャップをどう掘り起こし、埋めていくかが課題です」
具体的な例として、長寿福祉課で実施した、介護保険認定審査会のペーパーレス化とオンライン化のトライアルについて教えてもらった。
介護保険認定審査会は要支援1〜2、要介護1〜5を決める場で、週2回、7人の審査員が出席して開催。1回に約30件を審査している。毎回30件分の用紙を7人分用意し、送付し、回収しなければならない。紙をデータに変え、ビデオ会議形式にしてみたところ、担当者にも審査員にも好評だったという。審査員には端末も貸し出した。「ドクターや看護師の方なので、感染症にとても気を遣われています。その意味でも、とても良かったとのコメントをいただきました。実施前には少々懐疑的だった担当者も、業務が楽になることを実感できたようです」
本格導入までは、さらに関係者との協議・調整を図る必要があり、現在、その準備を進めているとのことだ。
職員の負担を軽減できれば、新しいことを考えたり、着手したりする余裕が生まれる。「そうすれば、デジタルの恩恵が溶け込んだ暮らしやすいまちづくりにつながっていくはず。DXの流れは早いので、アンテナを高く、常に最新の情報を拾いながら、必要に応じて将来のビジョンや仕事の仕方、サービスのあり方を見直していく柔軟さが大切だと思います」
デジタル至上主義ではない。業務の見直しとデジタル技術の上手な活用によって時間や余裕を生み出すことで、丁寧なコミュニケーションを必要とする行政サービスを充実させていくなど、「一人ひとりに寄り添った最適なサービスを提供できるようにすることが理想です」