水道管の経年劣化、漏水、有収率…全国の水道が同じように抱える問題を、どう解決していくのか。前橋市水道局「天地人コンパス 宇宙水道局」の導入の意味[インタビュー]

水道管の経年劣化、漏水、有収率…全国の水道が同じように抱える問題を、どう解決していくのか。前橋市水道局「天地人コンパス 宇宙水道局」の導入の意味[インタビュー]

JAXA認定の宇宙ベンチャーである株式会社天地人(以下、天地人)が、愛知県豊田市と連携して開発した漏水リスク管理業務システム「天地人コンパス 宇宙水道局」。2023年4月から提供が開始され、福島県福島市水道局、愛知県瀬戸市都市整備部水道課、青森県青森市企業局水道部に次いで、前橋市水道局は4番目の採用自治体となる。
水道整備課 維持修繕係課長補佐の関真樹さんと、計画管理係副主幹の根岸雅博さんに導入の背景や今後の展開について伺った。

(聞き手:デジタル行政 編集部 手柴 史子)

―衛星+水道局+ビッグデータで、漏水リスクを予想

「天地人コンパス 宇宙水道局」のサンプル。漏水のリスクが5段階で色分けされる。赤色がもっともリスクの高い場所

浄水場で作られた水の量に対し、料金として回収できた分の比率を水道の「有収率」と呼ぶ。有収率が高いほど収入にできた割合が高く、水道水を無駄なく供給できているということになるわけだが、前橋市ではこの有収率の低下が課題になっているという。「すべての配水量と、各家庭の水道メーターの集計(使用量)という2つの数値を確認していますが、必ずしも一致するものではありません。差が出る理由として、漏水や日常の管理に使った水量が考えられます」と、根岸さんは話す。日常の管理とは、工事の時に水道管を洗浄したり、水が滞らないように定期的に排水したりすることなので、この場合の水の使用は必要不可欠だ。となると、漏水をどれだけ防げるかが、解決の糸口となる。漏水箇所が多いことも悩みの種で、「平成の大合併で周辺の町村が加わった頃から増えてきたように思います。一概には言えませんが、整備手法の違いや老朽化などの要因のほかに、気候変動なども要因となっているのではないでしょうか」と根岸さんは推測する。

こうした問題を抱えているのは、前橋市だけではない。1960年から1970年代くらいの高度経済成長期に多くの水道管が整備されたが、すでに50年以上が経過している。水道管の法定耐用年数は40年とされているため、漏水箇所も増加すると予想される。前橋市でも、耐用年数を超えた管が約19.5%に及んでいるという。
こうした状況の中、漏水対策のためのさまざまなサービスが登場している。自治体と共同開発された点、JAXAのベンチャーである点、コストの面などを鑑み、「天地人コンパス 宇宙水道局」の採用に至ったと、関さん。「水道管は地面に埋められているので、表面的に確認することはまずできません。管には水が流れているので、中から見ることもなかなか困難なのです。劣化の状況をどう把握するかが、必要な要素でした」

「天地人コンパス 宇宙水道局」では、複数の衛星から得られる地表面温度、光学画像、気象データ、植生変化、SAR(※)など、漏水に影響を及ぼす環境要因のデータに、水道局が保有している管種、口径、布設年度、漏水履歴といった水道管路のデータ、一般に公開されている交通量などのビッグデータも組み合わせて、独自のアルゴリズムをもとにAIで解析、漏水可能性区域の判定を行っている。「さまざまなデータを総合的に判断して、リスクの可能性を割り出すシステムです。地表温度や交通量は管にストレスをかけます。それらも足し込んでくれるのです」と関さんは評価する。
現在の的確率は3割だが、今後さらにシステムやAI解析を進化させ、6割を目指すという。

※人工衛星や航空機からの電波を地表に向けて照射し、地表からの反射波から、地表の形状や性質などの画像情報を取得する手法のこと。

―リスクが分かれば、調査がスムーズに

水が地表に出てくる場合には、日頃の漏水点検で見つけやすい。一般からの通報もある。しかし、地下に流れてしまっている場合には、探し出す必要がある。「漏水探知機や音聴棒などを用いて、しらみつぶしにチェックしていかなくてはなりません。リスク評価の高いところに絞り込んで調査することによって、時間と労力が抑えられるのは、非常に助かります」(関さん)
もし地下で漏水が発生したら、道路陥没や、突然の水柱といった大事故が起きる可能性がある。重要幹線(配水本管)であれば、断水するかもしれない。前橋市には2600キロの水道管が通っており、調査に5年ものスケジュールを組んでいた。

現在、上水道部門の職員数は約80名で、うち維持管理を担っているのは11名。水道技士も所属しており、月2回の漏水探知と大きな水系ごとの漏水調査を月1回実施している。2名ほどのペアになり、エリアを決めて巡回する。日中はバルブや止水栓などをマンホールから調べ、夜10時から翌日3時までの5時間は、夜間調査を行なっているという。「漏水調査は路面から音を聞いて判別しますが、非常に判別が難しいものです。しかも日中は、生活音をはじめ、車の走行音や浄化槽ポンプの作動音、電柱の変圧器の音などがノイズとして響いてくるため、そういったノイズの少ない深夜の時間帯に調査を行っています」(関さん)

天地人コンパス 宇宙水道局は、5段階でリスク評価をするので、リスク5の箇所を重点的に調査できれば、問題が生じる前に未然に防ぐことができる。漏水箇所のスムーズな修理、さらには有収率の向上につながるのではと期待されている。
「限られた人手と予算の中で、水道管の調査や修復をしていかなければなりません。また、使える状態ならできるだけ永く使っていきたい。このシステムは、現在の水道事業の助けになるのではと思います」(関さん)

水道管の法定耐用年数は40年と前述したが、材料や強度の改良に伴い、実際には40年以上保つ場合もある、と根岸さんは言う。条件によっても寿命は前後するので、特に劣化のひどい箇所をポイントで修理する、連続しているようであれば入れ替えるといった判断をしながら進めていきたい意向だ。

―漏水のリスク評価から、啓発まで

厚生労働省は2023年度までの水道台帳整備を呼びかけたが、前橋市では1998年頃からデジタル化された水道管路台帳(マッピングシステム)の運用を進めてきた。デジタルデータのなかには管路の位置情報、管種、口径、布設年度などの設備情報に加え、漏水履歴情報などもデータベース化されており、こうしたデータは天地人による分析、解析の基礎データとして活用することができている。「AI解析がどれだけ当たったか、どれだけ外したか、しっかりとフィードバックしていくことで、今後の精度アップにつながっていくと思います」(根岸さん)

現在はまだシステムを構築中。早ければ3月下旬に、第一段階のリスク評価をする予定だ。「2024年度は評価を参考に調査を行い、成否の結果を分別します。2025年度にシステム的確率を出し、他の自治体を含めて必要なデータを検討しながら、今後に生かしていきたいと考えています」(関さん)
また、100メートル区画で判定するシステムなので、より細かくできないかも相談していきたいと考えている。

2023年度の報告によると、前橋市の有収率は80.9%。目標はまず90%を超えること。将来的には95%を目指す。

一方、天地人コンパス 宇宙水道局は、すでに別の部分で使われている。「地表温度がマイナス4℃を下回ると凍結による漏水が増えると言われています。取得した衛星データ情報を解析し、市のホームページに公開することで、凍結への注意喚起ができれば」(根岸さん)
漏水のリスク評価だけではなく、漏水が起こり得る可能性を伝える点でも、うまく活用している。