目指すは「デジタルにあかるい町」官僚出身の若き町長が高齢化率47%の西川町で挑むDXの取り組み[インタビュー]
山形県のほぼ中央に位置する、霊峰・月山(がっさん)の麓にある西川町。この小さな町では「デジタル住民票NFT」「公園命名権NFTオークション」といった日本初の取り組みを次々と成功させ、全国から注目を集めている。
山あいの小さな町で一体何が起こっているのだろうか。
2022年4月に西川町長へ就任した菅野大志(かんのだいし)さんにお話をうかがった。
(聞き手:デジタル行政 加納奈穂)
-西川町に関してご紹介をお願い致します。
西川町は日本百名山に数えられる月山の麓にある人口5000人の小さな町です。
江戸時代は出羽三山信仰で栄え「東の出羽三山参り、西の伊勢参り」といわれており、参拝客が絶えない地域でした。元来から観光や人をもてなす「おもてなし」の精神や文化、人の温かさがある町です。私は西川町出身で、他県で暮らした経験もありますが、この町に戻ってきて改めてそれを感じています。
冬は住宅街でも雪が6メートルほど、月山の麓だと20m以上積もるため、暮らしにくい面もあり、昭和20年頃は人口が1万5000人ほどでしたが、見立鉱山・三治鉱山などの閉山に伴い人口が減り続け、現在は当時の3分の1ほどになってしまいました。
雪が深いものの、大自然が魅力でもあり、この地で育まれた月山から湧き出る水は環境省の「名水百選」に選ばれるほどです。冷たい超軟水で、西川町のいろいろな食べ物を美味しくさせている源泉となっています。
自然が豊かで春と秋はきのこや山菜料理など山の恵みを存分に受けることができるため、観光に力を入れています。
多くの町はデジタルを行政の手続きで活用することを考えていると思いますし、西川町でもそういった取り組みを行っていますが、それ以外でも観光×AIとしてデジタルを観光で使えないか、そして観光からさらに踏み込んで、西川町のファン作り・関係人口の創出にも使えないか。住民のコミュニティや安心安全な暮らしやすいまちづくり、孤独防止などにもデジタルは使えないか。また「稼ぐ」ためにデジタルを使えないか、といった政策を行っています。
デジタル田園都市を目指し「多分野においてデジタルを戦略的に活用している」というのが西川町の特徴だと思っています。
-西川町は「デジタルを戦略的に使う」ことを柱として掲げているのでしょうか。
その通りです。
もちろんアナログな部分も必要ですが、とにかく西川町に来てもらうことが大切です。西川町は江戸時代から根付いている「おもてなし文化」がある地域。住民に町の魅力についてのアンケート取ると毎回同じ「人の温かさ」と「自然」という回答が出てきます。それをうまく活用したいな、と思っています。
西川町に来て頂いた方には、町民の普段の生活や地域行事にも参加し、できるだけ西川町を味わっていただくことで「人に帰属する観光」を行えたらと考えています。戦略的に若者・リッチ層にターゲットを絞り関係人口を創出し、西川町ファンを作ろうとしているところです。
-観光客はどの地域から来る方が多いのでしょうか。
一番多いのは宮城県です。仙台からは1時間20分程度で来ることができます。次いで東京から。東京からはスキーや登山で来る方が多いです。日本百名山である月山は知名度もあるため、山を目的にお越し頂くことが多いです。
-「デジタル住民票NFT」「公園命名権NFTオークション」といった日本初の取り組みを実施されるにいたった背景や経緯についてお聞かせください。
まず、西川町では高齢化が進み伸びしろの少ないスキー客を観光のターゲットとしてきましたが、若者や富裕者層にシフトしていく必要があると考えていました。
また、かつて自分自身がデジタル田園都市国家構想実現会議事務局に所属しており、当時「骨太の方針」に初めてWeb3.0分野が入り、国が今後これらを推し進めるため、NFTは行政が使えるものになると考えた経緯があります。
加えて「関係人口を増やしたい」という思い。西川町を応援したいという方々にデジタル住民票や命名権といった機会を提供することが必要だと考えました。西川町のことは知らないがNFTには関心がある層を取り込みたいとも思っており、プロモーション的に「西川町へ来てください」と訴えるよりも、NFT層はターゲットとしたい若者やリッチ層に当てはまるのではないかと。
これらを戦略的に考え、先行メリットがあり関係人口創出繋がる、さらにエシカル消費にもつながるのではないかと考えるに至りました。「財源を稼ぐ」という目的もあります。
今後はデジタル住民票だけでなく、自分で描いた絵をNFTにして販売するなど実験的なことも考えています。
西川町では「かせぐ課」を作り、令和6年4月からは条例改正するのですが、現在は「かせぐ課準備室」としてNFTに関わる事業を全て取りまとめています。本部も含めて9人の組織で行政の雑収入に繋がるような仕事をするところです。直近ではトレーラーサウナを作り900万円程度で販売を行います。
行政は目的税が多いのですが、これまで林道を作ったり、お子様にプレゼントする積み木とかを作ったりするための「木を使いなさい」というふうに来ているお金を、確実に買い手の見込みがあるトレーラーサウナの制作・販売に充てています。
西川町に必要なものとして町立病院があります。人口5000人規模で町立病院があるというのは通常あり得ないことなのですが、頑張って維持しています。病院を診療所化している地域の人口減少率は上がっているため、どうしても守らなければと思っているのですが、病院用として細々とくる財源だけでは足りず、一般財源も不足しているため、他の目的で来ている財源を使い雑収入を生み出しています。
-「デジタル住民票NFT」「公園命名権NFTオークション」実施にあたっての反響についてお聞かせ下さい。
「デジタル住民票NFT」は販売開始1分で予定販売数1000を超えるお申込みがあり、最終的には購入需要が13.4倍となりました。
1000円から販売をスタートし、最終的には130万円で落札されました。
これらにより西川町のLINEオープンチャットのメンバーが増え、1500人を超えました。(2024年1月現在は1600人を超えています。)
メンバーの内訳は、人口5000人の町で住民が約900人、残り600人はデジタル住民票の購入者や西川町に関心がある方など関係人口に関わる部分となっております。
住民からの投稿も多く、西川町で起こっていることを関係人口に関わる皆さんにも知っていただけますし、町に対してのご提案を受けたり、関心を持っていただけることが本当にありがたいと感じておりますし、ダイレクトに政策へ生かされることもあります。
また、周辺の自治体を含め、西川町への視察が明らかに増えました。これまでは半年に1件程度でしたが、ひと月に3、4組ほどとなり、西川町と同様の取り組みをされる自治体も出てきました。
-「公園命名権NFTオークション」購入者はどういった方なのでしょうか。
西川町が夏に実施したサテライトスクール「小学・保育まるごと留学」に参加頂いた方に購入頂きました。オンライン授業を受けながらご家族で西川町に滞在し、さまざまな体験学習を行って頂く長期合宿のようなものなのですが、7月に実施した際に来町された国際小学校の保護者の方となります。西川町の方と触れ合い、そのホスピタリティに感動し「何か恩返ししたい」「応援したい」と思われたこと、またLINEオープンチャットの取り組みをご覧頂き「こんなに頑張っている町があるんだ」と感じて頂いたことが購入につながりました。
普通は旅行の際に滞在して良いところなら「また行こうかな」くらい考えて終わってしまうところですが、LINEのオープンチャットに参加頂くことで「町で何が起こっているのか」がリアルタイムでわかり、町との繋がりを感じて頂くことが関係人口創出となったわけです。
公園名はフェリシア公園となり、その名称が基本的に1年間有効となります。元々の土地の価値は80万円程度なのですが、NFTとはいえ命名権が130万円で販売されたことが、この取り組みのすごいところです。
-西川町の今後の展開についてお聞かせください。(「関係人口の創出」についてもぜひお聞かせください。
行政のDXですと明らかに便利というのがわかりますが、デジタル住民票をはじめNFTの取り組みは数値化が難しいと思っています。私どものように「繋ぐ」という意識を明確に持ち、本当の意味で関係人口に関わる方をおもてなしする、しっかり対応するという職員のマインド設定はこれからのポイントになるのではないでしょか。
NFTの取り組みだけをやっていても無機質な繋がりとなってしまうので、デジタル住民のメタバース空間やリアルでの交流や町への提案を行なえるなど、今後も付加価値を提供してまいります。
また「デジタルに明るいまち」と認知してもらえると、デジタル関連のご提案や人材に来て頂くことができます。西川町にいながらテレワークで働くことができる、収入が減らないといった施策を戦略的に行い、若い方にも来ていただける環境を整えていきたいと。パソコンを1台持ってくれば働けるようなドロップインスペースなど場所も作らなくてはなりません。デジタル田園都市国家構想交付金を採択し、中心街に町内外の人が集まりイノベーションが起きるようなサテライトオフィスを建設中です。
日本一のウェブ解析士にも選ばれたアーティストと協定を結び、AIアートNFTを発行できるようにしたり「NFTを目指して西川町を訪れる」「西川町へ行けばAIアートやAIゲームが楽しめる」といった環境を整えてまいります。西川町での起業も増えていますので、デジタルに強い会社や人材が集まるようにし、将来的にはNFTやAIといったWeb3.0分野に強い高等専門学校を作りたいと考えています。
DXには他の自治体に負けない住民サービスを提供するような「守りのDX」と観光や関係人口創出、AIを使った新しい試みなど「攻めのDX」があると考えており、戦略的に続けていかなければなりません。
DXを行うにあたり、首長に必要なのはリスク許容度と覚悟。西川町のように他の自治体と比べ高齢化率が特に高い町で攻守のDXを実施していることこそが価値であり、成功させることでどんどん広まっていくと思っております。失敗すると「若い町長が高齢化の町でやりすぎたんだ」と言われかねませんし、そうなると日本のためにも良くないと本気で取り組んでいます。
取材を通して西川町のLINEオープンチャットに参加したのだが、毎日新しい情報が投稿されており、町内外から寄せられる意見や情報に対する役場の方、町長自身の積極的な働きかけに「対話」を大切にする西川町ならではの文化やおもてなしの心を感じた。
関係人口が増え、これからますます盛り上がっていくであろう、西川町の取り組みは、LINEのオープンチャットからも垣間見ることができる。離れたところで暮らしていても、町を身近に感じられるため、西川ファンの創出に一役も二役も買っているのではないだろうか。
西川町の取り組みに、こらからも注目していきたい。