災害大国日本で防災の仕組みを変える―バカンが提供する避難所混雑可視化サービスの全容[インタビュー]

災害大国日本で防災の仕組みを変える―バカンが提供する避難所混雑可視化サービスの全容[インタビュー]

台風、地震、土砂崩れなど、災害が多発する日本において避難所へのスムーズな移動や、それに伴う避難所の混雑情報共有は課題の1つとなっている。

そこで注目を浴びているのが、株式会社バカンが提供する混雑情報配信プラットフォーム「VACAN」を使った取り組みである。トイレやホテル、飲食店などの混雑可視化ソリューションを提供してきた同社だが、2020年からは災害時の避難所にも適用し、自治体の防災対策を支援している。

本サービスの特徴や導入拡大までの経緯について、株式会社バカン 執行役員 DX事業本部 本部長 五十嵐 則道氏にお話を伺った。

(聞き手:デジタル行政 渡辺龍)


アナログ操作×ウェブサービスにより自治体・住民双方にとって高い利便性を実現

―バカンが提供している避難所混雑可視化サービスの概要について教えてください

当社の社名は英語の「vacant(空いている)」に由来しているのですが、事業としてはAIカメラやセンサーを使ってトイレやレストランなど、街中の混雑情報の可視化、リアルタイムでの空き情報の提供などを行っております。

その中で自治体様とも観光や業務効率化などの分野で協力しており、「防災」についての連携が避難所の混雑可視化サービスになります。この取り組みは全国的にも利用が増えており、導入自治体数は205(2023年10月現在)まで広がっています。住民の方は本サービスを通じて、各避難所の空き状況の把握ができるので、混雑による避難所のたらい回しの防止に繋がります。


―避難所の可視化はどのような仕組みで行っているのでしょうか

特徴の1つとして、避難所の可視化においてはカメラやセンサーは一切使っておりません。自治体職員の方がスマートフォンやタブレットなどから避難所の混み具合を発信してもらうアナログな手法をとっています。これがオペレーションの中では非常に重要で、スマートフォンやPCなどで管理画面にログインして、「空いている」「やや混雑」「混雑」といったボタンを押して更新するだけで簡単に情報が発信できます。限られた人員の中で操作に負担のかからないこの仕組みは非常に高い評価をいただいています。例えばずっと空いたまま混雑しない避難所に関しては操作が1回もないのですが、このぐらい工数を少なくしないと職員の皆様の負荷が上がってしまいます。この負荷のかからない操作性というところがまず1つ強みになっています。 また、アプリではなくウェブブラウザでサービスを提供している点も特徴の1つになっているのですが、ところでご自身のスマホに何か防災アプリは入っていますか?

資料提供:株式会社バカン


―重要性は認識しているものの実は入れたことがありません

多くの方がそうだと思います。そもそもいつ使うか分からない、一生使わないかもしれないアプリをスマホに常時入れておく方は少ないのではないでしょうか。また、アプリだとダウンロードや事前の情報登録といった工程が発生するため、その時点でハードルも上がってしまいます。そのため、これまで自治体様が災害アプリを作ってもほとんど住民の方に活用されなかったというケースも多いです。そこを当社では「VACAN Maps」というマップをウェブブラウザで提供しているので、利用に際しダウンロードは不要です。また、情報の展開がしやすいというのも強みです。例えば自治体様のLINE公式アカウントでの情報配信時にURLを添えるだけで、リンクから避難所のリアルタイム混雑情報を見ていただけます。アプリ化しないことで、多くの方に情報を届けられるという点も閲覧数の多さに影響していると考えています。


―自治体独自の防災アプリでは、その地域に特化した情報しか見られないこともネックの1つです

おっしゃる通りで、その点で当社のVACAN Mapsは全国マップになっています。住民の方は日中は仕事で自分の居住地とは異なる場所を出歩いていることもあり、そういった時に実際に自分がいる場所の情報を見られないと意味がありません。当社のVACAN Mapsでは、皆さんがどこにいてもご自身がいる場所の自治体様が当社のサービスを導入していれば、その場所の避難所情報をご覧いただける仕組みになっています。


口コミを中心に200自治体に広がる導入数

―避難所混雑可視化サービスの提供を始めた経緯について教えください

2020年6月に東京都多摩市様から、投票所の混雑可視化ソリューションの依頼を受けました。そのお話を聞いていた同市の危機管理担当者の方から「避難所にも転用したい」という声があり、避難所サービスとして展開するきっかけになりました。ただ、当社でサービスを提供できる環境はあったのですが、多摩市様で予算が取れていませんでした。せっかく仕組みはあるのに使えないという歯がゆさと、なにより人命を救うためのサービスであるということで、多摩市様には無償で第1号として避難所の混雑可視化システムを導入していただきました。その後、宮崎県日南市様に2番目の地域としてサービス導入をするのですが、当社としてはこの段階でも2市へのサービス提供までしか考えていませんでした。


―2市へ導入後の2020年9月には実際に台風10号も発生しました

この台風10号が我々の避難所サービスを実践で初めて使う機会となり、日南市様で実際に情報を配信しました。この地域は高齢者の方が多く、スマホの保有率も高くないのですが、非常に多くの方にご活用いただき閲覧数が1万を超えるなど、高い効果を実感しました。


―その後、他の自治体にはどのように導入を推進していったのでしょうか

実はこれまで販売計画を立てて強く進めていったことはなく、ほとんどが自治体様同士の口コミや、お問い合わせを中心として200自治体にまで広がっていきました。現在でも毎月2、3自治体ほど導入が増え続けているので、市場のニーズとしては非常に高いと認識しています。ご依頼からサービス開始までに1週間ほどというスピード感も魅力なのではないかと思います。


基本機能の無償提供により予算に左右されず導入可能

―自治体にとってはサービスの導入コストも気になる点かと思います

多摩市様への導入時の経緯もあり、避難所可視化サービスについては基本機能は全自治体様に無償で提供しているので、予算を気にせずお使いいただけます。また、機能を高度化させたいというご要望があれば、個別に開発費などをいただきながらその自治体様特有の機能を追加していくなど、有償プランとして別展開もしています。


―有償プランとしてはどのような要望が多いのでしょうか

アナログ操作を自動化したいというご要望が一番多いです。ただ、カメラを設置すれば実際の避難者の人数情報を取得することは可能なのですが、運用に際して考慮しなくてはいけない面もあります。カメラは非常に繊細なデバイスなので停電になるとまず動きません。また、画角の問題もあり、地震の揺れで少しカメラの向きが変わってしまうと必要な情報を取得できなくなってしまいます。高いコストをかけても災害時に機能しないというケースも想定されるので、この辺りはご要望があった自治体様に丁寧なご説明をしながら認識の擦り合わせをしています。


―そうすると避難所におけるより効率的な機能のアップデートとしてはどのような方向に向かっていくのでしょうか

恐らく適正な方法としては、当社が保有しているチェックインのシステムを使って、混雑情報を配信するような仕組みが安全で正確なのではないかと考えています。そもそも避難所には受付業務の煩雑さもあり、受付に人が大量に並んでしまうといったことが起こりやすいです。これは、中に入る前に紙で受付表を記入してもらうという工程が発生することによります。そこで、このチェックインの仕組みを自動化することで、受付時に何人そこにいるのかを把握して、カメラでの検知をしなくとも、混雑情報を配信するというシステムの構築を進めています。


自治体間の共通プラットフォームを目指して

―今後、日本の防災を考えたときにどのような取り組みが必要なのでしょうか

自治体様は共通基盤の中で様々な業務を行いたいというご要望を持っています。これまでは、防災の仕組みに関しては各自治体様で個別のシステムを保有しているという環境でした。例えば、ある市町村で作った新しい仕組みを他の市町村に取り入れようとしても、オペレーションが合わず、横展開ができないということがあります。それぐらい市町村ごとで災害時の対応に関してはバラバラなのが現状です。 当社は200以上の自治体様にサービスを提供しております。まずはこのプラットフォームを基盤に新たなスタートを切り、どこの地域でも連携できるサービスが全国に広がっていくと、日本の防災の仕組み自体をより良いものに変えられるのではないかと期待しています。