地域が一体となりMaaSモデルを確立させる – 新上五島町・トヨタ自動車 「Smart GOTO」 ー後編ー[インタビュー]
前編では新上五島町「Smart GOTO」についてトヨタ自動車へ話を聞いた。MaaSは地域住民の移動手段に係るため、必然的に地域振興施策や交通施策との整理が求められる。自治体がプロジェクトにどの程度関与するかが成否を決めるカギだ。どんなに手元のアプリケーションが良くても、行政が示すビジョンがなければ、連携する企業は投資に踏み出すことは難しい。また、実施主体に自治体が入っていれば、地域住民も安心して協力ができる。新上五島町役場では産業再生や大型プロジェクトの誘致の役割を担う総合政策課政策推進班が同プロジェクトをリードした。同班、伊賀剛氏へ話を聞いた。
(聞き手:デジタル行政 編集部 横山 優二)
試行錯誤を繰り返して進めたMaaS導入
――SmartGOTOプロジェクト開始の背景には、移動に関する課題の存在がありました。その点を新上五島町側からはどのように感じていますか?
新上五島町では、人口減少と高齢化の進行のみならず、運転手不足や公共交通の担い手不足などに課題がありました。島の中心部から離れたエリアでは少数の高齢者で構成された集落が増加しています。新上五島町がある中通島は縦横に細長い地形をしており、バスが円を描くように効率的な運行が難しい。住民にとって、公共交通機関は欠かせないインフラですが、維持費用は町の財政にとって大きな負担になっていました。こうした課題の解消のため、予約型乗り合いサービスの活用は路線バスに代替する有効な手段だと考えました。
トヨタ自動車も自動車製造・販売に加えてスマートシティやまちづくりに目を向けています。交通手段を充実させるのみならず、島全体の活性化につながるような事業にしていきたいです。
――町にとって新しいチャレンジです。苦労もあったのではないでしょうか?
当初のMaaSアプリは配車予約機能のみが搭載されたシンプルなものでしたが、それでも多くの不具合が発生し、住民の方々にご迷惑をおかけしました。しかし、そうした経験があったからこそ、住民の方々、トヨタ自動車の方々と本音で議論ができたと感じています。その後、MaaSアプリは住民の意見・ニーズを反映させながら、機能を追加しておりますが、毎回トライ&エラーの繰り返しです。
住民の方々への説明でも必ずしも良い反応ばかりではありません。実証実験開始時にはまだ路線バスが走っていたため、「なぜやらなければいけないのか」「使い方がわからない」など懸念の声も挙がりました。しかし、地域住民も町の交通サービスや地域振興に対して危機感を持っています。「なぜ今、MaaSが求められているか」を丁寧に説明することでご理解をいただいているところです。
――今後の改善点としてどのような点が挙げられますか?
まだ課題はたくさんあります。ありがたいことに利用者が日々増加しているため、今度はタクシー運転手が休憩もできないほど多忙を極める状況になりました。各タクシー事業所の保有台数や走行頻度が高い地域など、本実証で得られているデータを活用しながら効率の良い配車管理を実現したいです。実証実験ではこうした試みこそが重要です。これからも課題を乗り越えて、多くの方に利用していただけるアプリにしていきたいです。
全町民が利用するアプリへ Smart GOTOの未来
自宅住所と目的地を登録する。神奈川県ではバスに乗り200円、東京都で電車に乗り400円、合計が600円。ルート検索のみならず、アプリ上で決済できれば確かに便利だ。しかしこの場合、仮に「神奈川県MaaSアプリ」と「東京都MaaSアプリ」があったらどうだろうか。ユーザは漠然と「不便になりそう」と感じてしまう。MaaSアプリはそうした観点から他アプリへ連携しやすいUI設計が求められている。
こうした論点に代表されるように、MaaSという取り組みはまだビジネスモデルとして確立されていない部分もある。しかし、だからといってブレーキを踏むわけにはいかない。GAFAMやBATHに代表されるITプラットフォーマーの覇権争いに日本企業は入れなかった。アメリカや中国で確立されたビジネスが国内市場で展開されるというトレンドは2010年代で終わりにしなければならない。自動車大国である日本は国内でビジネスモデルを確立させ、それを海外に展開する必要があるはずだ。
――他のMaaSアプリとの連携の予定はありますか?
長崎県ではMaaSの取組みを本格化させるため、2020年7月に「長崎県MaaS 導入推進協議会」を設置し、MaaS導入に向けた課題や方向性等について協議・検討を行い、2021年5月に導入指針が策定されました。長崎県MaaSのコンセプトとして、新上五島町の「Smart GOTO」、五島市の「チョイソコ ごとう」など、地域で展開されるMaaSを連携させ、「ルート検索」「予約」「決済」等の機能を介して利用できるような形を目指していることから、アプリ同士がシームレスに接続されることで、利用者が負担なく「Smart GOTO」を利用していただけるよう進めてまいります。
――実際にデマンドタクシーが町を走るようになって、住民の方々の反応はいかがでしょうか?
「行きたい時間に乗り継ぎなく行ける」「部活後に迎えにきてもらわずに済み、親の負担が減った」など、好意的な反応をたくさんいただいています。高齢者の方々に利用していただけるのか、懸念はありましたが、「使ってみたら簡単だった」という感想をいただくことがほとんどでした。現在は逆に、まだ実証が始まっていない地域の方々が「うちはいつからSmart GOTOは使えるの?」というお声もいただきます。
――目標を教えてください。
アプリで買い物の特売情報や船の欠航情報が閲覧できるようにしたのは、たくさんの人に利用していただきたいという思いがあるからです。頻繁にオンデマンドタクシーを利用する人はもちろん、そうでない人に向けても「このアプリをみれば、新上五島町のことがわかる」と思っていただけるコンテンツにしていきたいです。そして最終的にはこのMaaSアプリを町内住民全員が使えるアプリにするつもりです。
本実証で用いるタクシーには車体に「Smart GOTO」というシールを貼られています。外出時にシールが貼ってある車を見つけると「いろいろなところで活躍しているな」とプロジェクトの価値を実感することができます。これからも少しずつ改善しながら、地域活性化に貢献していきたいと思います。