トヨタ自動車が切り拓く、新しいモビリティサービス – 新上五島町・トヨタ自動車 「Smart GOTO」 ー前編ー[インタビュー]
長崎県の五島列島、新上五島町では2021年2月からMaaSの実証実験「Smart GOTO」が始まった。支援するのは自動車メーカーであるトヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ自動車)。人口減少や高齢化、新型コロナウイルス感染症の影響等により、公共交通サービスの維持・確保が困難になるなかで、トヨタ自動車が開発するアプリケーションを活用し、地域課題解決を図る。プロジェクト実施にはどのような背景があったのだろうか。前編ではトヨタ自動車ADPT ADⅥ 荒木将 氏、鎮西勇夫 氏へ話を聞いた。
(聞き手:デジタル行政 編集部 横山 優二)
――Smart GOTOプロジェクトはどのような背景から実施されることになったのでしょうか?
鎮西氏:新上五島町は高齢化率が43%と高く、既存の公共交通の維持が財政の負担になっています。また、医療アクセスや観光PRの不足など、その他にも多岐にわたる課題がありました。これら課題の解決のため、地元自治体や事業者の方々と連携し、人・モノ・情報を効率的に回すことができるプラットフォーム構築を目指しました。
――現在、どのような実証実験が行われているのでしょうか?
荒木氏:プロジェクトでは、始めに移動困難者に対する移動サービスの提供、次に買い物支援や地域情報の提供、その後他の課題についての対策を進めていく予定です。移動サービスでは中心地から郊外にあたる津和崎地区、飯ノ瀬地区、若松地区、桐地区との間を既存のバスから予約型乗り合いサービスに順次置き換えを行います。4ヶ所のうち桐区以外の3ヶ所がすでに置き換えが完了しています。
トヨタ以外でも予約型乗り合いサービスはありますが、当実証では津和崎地区から中心地まで約35kmとフィールドが長距離という特徴があります。また、朝と日中の時刻表運行と時刻表がないオンデマンドサービスを組み合わせる「ハイブリット型」をとるなど、地域のニーズに合った工夫をしています。
徹底したデジタルデバイドへの対応
日本は他先進国と比較して、デジタル化の遅れが指摘される。なかでも行政、医療分野の遅れはコロナへの対応を巡り、議論を呼ぶことになった。しかし、日本には他国と比較しても不利な条件がある。それは高齢化率が高いことだ。日本の高齢化率は2019時点で28.4%であり、2050年には36%に達するという予測もある。これは人数が多いことのみを意味しない。厚生労働省「2019年 国民生活基礎調査の概況」によれば、全世帯の「1世帯当たり平均貯蓄額」が1077万4千円なのに対し、高齢者世帯では1213万2千円と、貯蓄額にも差があるのだ。企業が新しいサービスモデルを確立させるためにはシニア層へリーチさせることが有効な手段であることに間違いない。しかし、シニア世代にとってデジタルサービスはとっつきにくい。こうした問題はデジタルデバイドと呼ばれ、政府や企業は対策を急ぐ。
――MaaSアプリはどのような機能を搭載しているのでしょうか?
鎮西氏:目的地や搭乗人数を選び、同じ方向に同乗者がいれば乗り合いが発生するという仕組みです。新上五島町は高齢化率が高く、スマートフォンをそのままご利用いただくことが困難な方もおられます。そのため、本実証のために高齢者でも利用しやすい端末を開発しました。
本端末ではひとりひとりに頻繁に行く目的地を聞き取り、その場所をパネルで簡単に選択できるよう設定されています。目的地の選択後には「1できるだけ早く、2出発時刻を選ぶ、3到着時刻を選ぶ」と選択肢が表示され、簡単に場所と時間を指定できます。その他の細かいUI/UXにも配慮しています。高齢者の方々はタッチパネルを触る際に、無意識に長押しをしてしまうことがあります。通常のタッチパネル操作では、タップと長押しを別コマンドとして認識するため、これが誤操作につながるのです。これを避けるため、本端末では長押しをした場合でもタップと同じ挙動をするよう設定されています。また、聴覚からも操作ガイドを理解できるよう音声ガイダンスを加えました。実証実験期間は、本端末を家庭や公民館、スーパーなど約160か所に役場負担のもと無償貸与し、皆様へ利用いただいています。
――地域住民にはどのように周知をしたのでしょうか?
鎮西氏:住民向けに説明会を実施し、本プロジェクトの背景や目的、端末の操作方法までを丁寧に説明しました。また、端末を置かせていただく家庭には個別に訪問し、改めて操作説明を行います。本アプリでは乗降位置に仮想のバス停を設定するのですが、現地に伺い「ここで待っていると車が来ますよ」と場所をお伝えしました。
端末のUI/UXを改善していき、利用しやすいサービスにすることは大切ですが、創ったものを「しっかり話して伝える」という点がより重要なポイントだと感じています。
――支払いはどのように行うのでしょうか?
鎮西氏:本プロジェクトでは完全キャッシュレスを実現しています。あらかじめ住民の氏名や住所などの基礎情報、クレジットカード情報や銀行情報を登録します。住民の方々にはQRコードが記載されたカードを配布し、当カードを端末にかざすことで個人を認証する仕組みになっています。支払い口座が登録されているため、利用実績に応じて毎月自動的に支払われます。狭いエリアでの実証であれば、200円など金額を統一して現金払いでの運用もできるでしょう。しかし、本実証は広大なエリアで行われるため、金額が大きくなると、車内での現金のやりとりが必要になり手間となります。キャッシュレス化は必ず実現させたいと考えました。
トヨタが提供するのはMaaSプラットフォームとしての役割
MaaS(Mobility as a Service)は新しい用語であり、明確に定義された概念がない。しかし、「マルチモーダルである」ことは関係者間で共通認識されている特徴と言えるだろう。マルチモーダルとは電車やタクシー、レンタル自転車など、複数の交通手段をひとつのUIでコントロールすること。確かに便利である。一方で、それだけでユーザはお金を払うか?という点も指摘されることが多い。そこで期待されているのが交通以外のサービスとの組み合わせだ。飲食や観光、医療などと連携することで価値を高め、ビジネスモデルとして確立させることを目指す向きもある。
――移動以外にどのようなサービスが利用できるのでしょうか?
荒木氏:移動サービスに加えて情報連携サービスを開始しています。島民にとってスーパーの特売や船の欠航の情報は非常に重要です。小売店や各船会社の方々と協力し、本端末に情報を連携させています。新聞を定期購読していない方にチラシが届かないケースもあるため、非常に喜んでいただいています。
また、物流では地域運送事業者様とのサービス連携が始まりました。地域運送事業者様の車両は毎日島内を周っていますが、荷物のスペースには空きがあります。このスペースを利用して食料品などを配送するサービスです。利用者が端末から「野菜セット」「果物セット」など、特定の”商品パック”を指定すると、地元スーパーで用意された商品が届くという仕組みです。都心部では普通に提供されているサービスが、地方で実現するのは非常に難しいため、地域の個々の事業者様を連携することで、本機能を実現しました。
――地域住民や自治体、企業と多くの関係者が協力している印象です。
荒木氏:我々が目指している姿は、持続可能なプラットフォームによる地域の「幸せの量産」です。地域で頑張っている人たちと連携し、仲間づくりをしながらプロジェクトを進めています。そして、本プロジェクトを通して、地域には様々な課題があることを実感しました。
地域への貢献を継続させていくためには、一つの課題だけにとらわれるのではなく、地域課題を俯瞰的にとらえ、技術開発のみならず地域に寄り添う活動を続けていくことが大切だと考えています。そして新上五島町でプロジェクトを成功させることで同じ課題を抱えている自治体の方々にもご利用いただけるよう、取り組みを少しずつ広げていきたいと思います。
後編に続く