【シリーズ 医療MaaS】青森市立浪岡病院、フィリップス・ジャパン「あおもりヘルステックセンター」ー後編ー[インタビュー]

【シリーズ 医療MaaS】青森市立浪岡病院、フィリップス・ジャパン「あおもりヘルステックセンター」ー後編ー[インタビュー]

前編では「あおもりヘルステックセンター」での「モビリティを活用した予防サービス」「IoTを活用したみまもりサービス」について青森市立浪岡病院へ話を聞いた。本事業では株式会社フィリップス・ジャパン(以下、フィリップス・ジャパン)が同病院と共にプロジェクトマネジメントを担っており、コンソーシアムの運営管理やデータ解析、新しいサービスの検討においてサービスを支える。同社ソリューション事業本部長の古濱淑子氏に話を聞いた。

(聞き手:デジタル行政 編集部 横山 優二)

自治体との連携で、地域課題に対応したサービスを展開

――フィリップス・ジャパンは2019年2月に青森市と「ヘルステックを核とした健康まちづくり連携協定」を締結しています。どのような経緯で締結に至ったのでしょうか。

これまでフィリップス・ジャパンでは診断、治療などの医療領域にとどまらず、健康な生活、予防、ホームケアに至るまで個人の健康状態のあらゆるヘルスケアプロセスをつなぐオープンエコシステムの構築を目指してきました。そのためには自社に閉じたサービスではなく、さまざまな企業や組織との連携が重要です。大学や企業に加えて、自治体とのパートナーシップを重視しており、自治体関係者の方々と地域医療解決について議論を重ねていました。

青森県は47都道府県で平均寿命が最下位であることが知られており、青森市も高齢化や医療施設や医療従事者の不足、医療費の肥大など、深刻な医療課題を抱えています。一方で、取り組みの中心となる青森市浪岡地区は、高齢化率や人口密度が全国の市区町村の中央値に近いため、ここでの成功が全国でのモデルになると考えました。青森市が課題に挑戦できる土壌があったということも影響したと思います。

――浪岡病院では「モビリティを活用した予防サービス」「IoTを活用したみまもりサービス」の2つのサービスが展開されています。なぜこのようなサービス設計になったのでしょうか?

疾患や身体機能障害を抱えた後に治療を行えば多くの医療資源、医療費が必要になります。これらを抑制するために「フレイル及び生活習慣病の予防」が重要です。フレイルとは高齢者の加齢に伴う虚弱な状態を指し、適切な対策をとれば健康に戻ることができますが、放置すれば寝たきりや身体機能障害になってしまう可能性が高いのです。「モビリティを活用した予防サービス」を通じて、ご自身の健康状態を把握していただき、予防的介入を促すことが本サービスの目的です。

しかしながら、すでに回復が困難になってしまった方々もいらっしゃいます。そうした方には「在宅医療の強化サポート」が必要です。デジタルの力を活用して在宅患者、ご家族に安心して生活ができる仕組みづくりを提供したのが「IoTを活用したみまもりサービス」です。

地域全体をヘルスケアテクノロジーで支える全体像
(フィリップス・ジャパン提供)

医療MaaSの起源となったモックアップの展示

これまでデジタル行政では自治体が関わった医療MaaSの取り組みを複数紹介してきた。これら取り組みのなかで医療MaaSを最初に始めたのは長野県伊那市「モバイルクリニック事業」であることが知られている。ところが、我々の取材で伊那市企画部企画政策課の安江氏は「展示会で、フィリップス・ジャパンが診療車両イメージのモックアップを展示していました。」と語っている。つまり、サービスの具体化において同市がリーダーシップをとった一方で、フィリップス・ジャパンはそれ以前からアイデアの着想につながる青写真を描いていたことになる。

――長野県伊那市「モバイルクリニック事業」が発案されるきっかけとなった診療車両のモックアップはどのような経緯で発案されたのでしょうか?

フィリップス・ジャパンでは、施設内のみに医療資源が集中する社会から、様々な場所に医療資源が「分散化した=(Decentralized)」社会への変革について議論を重ねてきました。都市へ医療資源が集中し、診察の待ち時間が問題になる一方で、地方では十分な医療サービスが提供されません。さらに、自動運転技術が進歩すれば、移動にかかるコストは抑制できます。こうした背景から、病院には来院が必要な患者に向けた設備のみが存在し、その他の設備はモビリティを通じて提供される社会を実現する構想を描いたのです。

その後、オランダ本社ロイヤルフィリップスのサポートを得て、後に事業化する「ヘルスケアモビリティ」のモックアップを製造しました。2019年3月、MONET Technologies株式会社が主催した展示会「MONETサミット」で当モックアップを展示し、それを見た伊那市職員の方々が自治体で抱えている医療課題解消に活用できるのではと考え、サービスが具体化していったという経緯がございます。

フィリップスが支える、大切な地域コミュニティ

新型コロナウイルスが社会に大きな影響を与え始めてから2年以上が経過した。感染を警戒し、それまで地域の高齢者が集まる場だった病院や図書館、公民館から足が遠のいた。失われたのは地域コミュニティだ。ヒト同士の会話が減ったことで、声帯の衰えやストレス増加の影響がでているという調査結果もある。その事実が示唆するのは、健康と人の距離、すなわち移動というものが緊密につながっているということではないだろうか。

――医療MaaSは今後普及していくと思いますか?

高齢化、過疎化にコロナの影響が重なり、医療資源に関わる地域課題はますます切迫しています。医療MaaSはそれら課題に対する解決策として注目され、今後も新たな取り組みは増えていくでしょう。当社がサービスを開始して以降、少しずつ自治体、事業者などが医療MaaSに関心を持ち始めています。追随する取り組みが増えるのはマーケット拡大のためには欠かせません。多様なネットワークを活用しながら、医療MaaSを社会に浸透させていきたいと考えています。

そのために重要なのはより多くの方々にサービスの価値を認識していただくことです。コロナ以降、オンライン診療の普及は進みました。しかし、ビデオ通話越しの診察からは患者さんの姿勢や細かな表情など、どうしても伝わらない情報があります。オンライン診療を補足する手段として、看護師が車両に乗り、患者さんのもとにやってくるDtoPwithN(Doctor to Patient with Nurse)型の医療MaaSにすることで、有効性をアピールしていきたいと考えています。

――医療MaaSは地域にどのように貢献するのでしょうか?

車両を活用することで、より便利に医療サービスを受けられることに加えて、副次的な効果があるものとみています。青森市では訪問先の公民館や保険センターに、多くの住民の方々が集まりました。そこでは自身の身体の話題のみならず、その他の日常会話も活発に交わされています。コロナの影響でシニア世代の外出機会の減少が社会問題となりました。新しいコミュニティが形成されることで、住民の皆様の外出への動機になればよいと考えています。

健康寿命の延伸のためには、地域住民が一丸となって健康意識向上へ取り組む必要があります。そのために車が象徴的な存在として、皆様に愛される存在になることを目指しています。また、そうした地域医療への貢献を通じて、フィリップス・ジャパンの取り組みやサービスを知っていただく良いきっかけになれば幸いです。