システムベンダーが見る、ガバメントクラウドの風景-第4回富士通Japan株式会社-[インタビュー]

システムベンダーが見る、ガバメントクラウドの風景-第4回富士通Japan株式会社-[インタビュー]

現在、デジタル庁を旗振り役として、自治体情報システムの標準化とガバメントクラウドの構築・移行作業が実行に移され始めている。

従来、地方自治体が利用する様々な情報システムは、各自治体で個別に採用されて、独自にカスタマイズされてきた。また、同一自治体でも分野や事業ごとに異なるシステム対応をしている。この状況は、転入転出といった自治体をまたぐやり取りをデジタル化する際の障壁となるだけでなく、同一自治体内での情報共有においても課題となってきた。また、システムを活用した自治体サービスの好事例を全国に普及させ難いといった、国としての課題も現れている。

こういった状況に対処するため、デジタル手続法の制定を皮切りに、地方自治体が用いる基幹業務システムの標準仕様を国として統一し、それに沿ったシステムだけを地方自治体が採用していく取組みが、自治体情報システムの標準化である。あわせて、国としてのクラウド利用環境である「ガバメントクラウド(Gov-Cloud)」の整備が進められており、標準化したシステムを、このガバメントクラウド上で活用していくことが目指されている。

これらの改革は2025年度(令和7年度)までの完了を目指すスケジュールが国から示されており、時間的猶予は少ない。実現すれば地方自治体業務の大変革となる一大事業だが、システム提供者であるベンダーは事態をどのように捉えているのか。富士通グループで自治体関連のビジネスを担う富士通Japan株式会社において、ソリューションビジネス本部 行政ソリューションビジネス統括部のシニアディレクターを務める山口徹氏に話を伺った。

(聞き手:デジタル行政 編集部 倉根 悠紀)

官民連携によるイノベーションに向けて

今回の自治体情報システム標準化やガバメントクラウドをどのように捉えていますか?

当社をはじめこれまでシステムベンダーは、自治体様に対してパッケージをベースとしたシステムを提供し、適用後も維持管理や法改正対応などお客様の要望に応じた対応をしてきました。

そのような中、当社は政令指定都市・中核市といった大規模な市から中小規模の町村に至るまで、様々な規模や運用の違いにも幅広く且つ柔軟に対応し、クラウドでもオンプレミスでも最適なソリューションの提供を行ってきました。

これに対し、昨年の6月と12月に公表された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」では、地方公共団体の基幹業務等システムの統一・標準化を進めた更にその先に、品質・コスト・スピードを兼ね備えた行政サービスの将来像の検討が示されています。ここでは住民向けサービスのフロントエンドに民間が提供するサービスを活用することも記載されており、これまで長らく我々が提供してきたソリューション・サービスを更に進化させた世界観が示唆されています。

勿論、基幹業務システムの標準化やガバメントクラウド活用には当社もしっかりと対応をしていきますが、その先の行政サービス将来像の実現に向けては、当社単独ではなく業種・業界を超えた多くの企業とも連携するような、トータルデザインで描かれる官民連携エコシステムによって、住民にとって最適なサービスの提供を実現していかなければならないものだと考えています。

行政DXはこうした幅広い官民連携によるイノベーションの延長線上で起こるものであって、その変革に終わりはないのかもしれません。つまりここが永続的なビジネスの成長領域であるとも考えらえます。こうしたビジネス環境の変化に合わせ、我々システムベンダーのマインドも変革し続けていかなければならないと強く感じています。

-具体的な対応はどのように進められていますか?

まず、当面の課題である自治体業務システムの標準化についてですが、住民記録システムに関しては、公表されている標準仕様書に準拠したシステムの開発に既に着手しており、令和3年度(2021年度)中に大都市向け住民記録システムから順次提供を目指しています。

また、標準仕様書の範囲外の業務ではありますが、住民がスマートフォンから各種申請や届出を行うことができる「MICJETスマート窓口」を提供し、標準仕様書に準拠する次期版住民情報ソリューションと連携させることで、住民の利便性向上と自治体職員様の業務効率化を実現する窓口業務のDXを支援できると考えています。

今後、標準仕様書が策定される各種業務につきましても順次対応していきます。更に、現在当社も一部の自治体様で支援しているガバメントクラウド先行事業を通じて、複数自治体様での共同利用を想定したサービス提供の検討も進めていきます。

【MICJETスマート窓口による行政手続きオンライン化】

-自治体情報システム標準化やガバメントクラウドに対する自治体様の反応はいかがでしょうか?

今回のように基幹20業務すべてを全国一斉に標準化しようとする事業は、これまでに経験のないスケール感で、自治体業務システムの歴史的な転換点とさえ言えるかもしれません。自治体様も不安に思われており、懸念事項も沢山あるようです。

最もよくお聞きする意見は、やはりスケジュールについての不安です。対象業務すべての標準仕様書が出揃ってから、ベンダーの開発期間を経て令和7年度(2025年度)までに移行完了となると、これまでの実績や経験から非常にハードルが高いと考えている自治体様が多いように思います。

現行の住民サービスを継続しながら新システムに移行する体制が各主管課で作れるか、標準仕様の業務フローによって庁内の組織・体制の変更にどのような影響が生じるのか、標準仕様の対象外だが連携する業務システムについてはどんな改修や連携方式・運用の変更が必要となるのか、ガバメントクラウドにどこまでの資産をリフトできるのか、といった懸念事項についてもよくお聞きします。

また、コストに関しても今後はクラウド前提でのサービス提供型が主体になっていくことから、補助金や自治体のIT予算の範囲でどのように住民向けサービスを維持・向上していくことができるだろうか、という相談もよくお受けします。

こうした自治体様に対して、当社はその要望に応じて個別の意見交換会の開催や、標準仕様書の分析、業務運用の改善提案など、現時点で自治体様の不安を少しでも解消できるよう、様々な支援に取り組んでいます。

-自治体情報システム標準化やガバメントクラウドにおける課題を教えてください。

スケジュールが厳しいという自治体様の懸念については、我々ベンダーも同じ課題認識を持っています。対象業務の標準仕様書だけでなく、データ要件・連携要件、共通機能に関する標準仕様書などすべて出揃うのが令和4年夏以降となると、どうしても令和6年度、7年度の1~2年に作業が集中してしまいます。勿論住民記録システム開発のように今できることは可能な限り前倒しで対応していますが、適用の時期はコントロールできるものではありません。この課題に対しては、SEリソースの調整や抜本的な作業効率化がどのように実現できるか、社内でも検討を進めています。

標準仕様書への準拠は、各ベンダーとも限られた期間の中で対応していくことになりますが、こうして出来上がったシステムが本当に標準仕様書に則ったものであると誰が判断できるのか?ベンダーを信用するしかないのか?という意見も自治体様からよく聞かれます。「デジタル社会の実現に向けた重点計画」には、データ要件・連携要件に関しては標準仕様への適合性を評価するツールが用意されることが記載されていましたが、機能要件の適合性評価については具体的には触れられていませんでした。この点については、今後、国としての検討・整理がなされていくことと思いますが、これも重要な課題の一つだと気付かされました。当社も自治体様への説明含めしっかり対応できるように取り組んでいきますが、タイトなスケジュールの中でも、やるべきことはしっかりと対応してほしい、と決して形式だけの標準化にならないようにと留意されている自治体様の高い意識を感じました。

標準化後に期待される、民間による多様な住民サービス

-システムベンダーとして、自治体情報システム標準化やガバメントクラウドを踏まえた今後の展望をどのようにお考えでしょうか?

令和7年度(2025年度)までの標準準拠、ガバメントクラウド移行という短期的な対応においては、業者選定に時間をかけている余裕もないことから、ベンダーを切り替えるという自治体様はもしかしたらそう多くはないのかもしれません。

ただ、更にその後はどうなっていくのかは予測が難しいところです。令和8年度(2026年度)以降、基幹業務システムは更に移行がし易い状態になっているでしょうが、ビジネスとしての競争領域は、むしろ先程も申し上げたトータルデザインで描かれる官民連携エコシステムの世界にシフトしていくのかもしれません。

そこでどのようなイノベーションを創出していけるのか、我々ベンダー側の真価が問われる時代がやってくると思います。

まずはその準備段階として、ベースレジストリ、公共サービスメッシュ、官民連携API群といったデータを安全に流通させるための基盤の整備や、それを支える認証やセキュリティなどに対して、今後の国の動向も見極めた上でしっかりと取り組んでいきたいと思います。

また、今後はAIなどデジタル技術の活用も更に浸透していくと思います。当社は、住民税賦課業務の大幅な軽減を図るAIの活用、戸籍関連法令を瞬時に検索するAIの活用、リスクを分析し要介護者となる手前で予防を促すAIの活用、などといった各種サービスを既に提供しています。自治体職員も減少傾向にある中、自治体様にはこうしたデジタル技術によって、より業務を効率化し住民サービスの質を上げていくことが求められます。このようにして、多様なサービスを取り入れながら、行政と住民の在り方を変容していくことが行政DXの本質なのだと考えています。

 住民税賦課業務を支援するAIについて
 戸籍事務を支援する電子書籍AI検索システムについて
 説明可能なAIを活用した介護予防ソフトウェアについて

こうした流れを加速していくためには、行政側にもデジタル人材の確保・育成が不可欠になると考えています。そこで、当社は既にいくつかの自治体様にデジタル専門人材の派遣を始めています。北海道神恵内村様の事例はTVCMでも放映されましたが、派遣者はすっかり現地に溶け込み地域社会と一体となって、デジタルを活用した地域課題の解決に向け、熱意をもって取り組んでいます。

 北海道神恵内村のDX「デジタルに温もりを テクノロジーは笑顔のために」

(※動画サイトが立ち上がります)

我々は地域の活力こそが、政府が掲げる「デジタル田園都市国家構想」を実現する原動力だと考えています。こうしたデジタル専門人材の交流が地域の活力を活性化させる一助になると信じ、これからも積極的に推進していきます。

富士通グループのパーパスは、『イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと』です。このパーパスの実現に向け、社会的課題や構造的課題に正面から真摯に向き合い、デジタル技術で課題解決を図ることによってサステナブルな地域社会づくりに貢献していきたいと考えています。