システムベンダーが見る、ガバメントクラウドの風景-第3回 日本電気株式会社 -[インタビュー]

システムベンダーが見る、ガバメントクラウドの風景-第3回 日本電気株式会社 -[インタビュー]

現在、デジタル庁を旗振り役として、自治体情報システムの標準化とガバメントクラウドの構築・移行作業が実行に移され始めている。

従来、自治体が利用する様々な情報システムは、各自治体が個別に調達し、システムベンダーのパッケージシステムを独自にカスタマイズしてきた。また、同一自治体でも業務ごとに異なるシステムが導入されていることも多い。この状況は、転入転出といった自治体をまたぐ行政手続きをデジタル化する際の障壁となるだけでなく、同一自治体内での情報共有においても課題となってきた。また、システムを活用した自治体サービスの好事例を全国に横展開させ難いといった課題も現れている。

こういった状況に対処するため、「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」の制定を皮切りに、自治体が用いる基幹業務システムの標準仕様を国として策定し、それに沿ったシステムを自治体が採用していくという改革が、自治体情報システムの標準化である。あわせて、政府・自治体共通のクラウドサービスの利用環境である「ガバメントクラウド」の整備が進められており、自治体は、基幹系業務システムについて、ガバメントクラウド上に構築された標準化基準を満たすアプリケーションの中から自らに適したものを選択する。

これらの改革は2025年度(令和7年度)までの完了を目指すスケジュールが国から示されており、時間的猶予は少ない。自治体業務の大変革となる一大事業をシステム提供者であるベンダーはどのように捉えているのか。日本電気株式会社デジタル・ガバメント推進本部の本部長を務める小松 正人氏に話を伺った。

(聞き手:デジタル行政 編集部 倉根 悠紀)

最大のメリットは行政データの統一

―所属されている部署の位置づけを教えてください。

当社ではデジタル・ガバメントに関連するビジネスユニットが二つあります。一つ目の社会公共ビジネスユニットは主に自治体を中心とした地域関連の業務を担っており二つ目の社会基盤ビジネスユニットが官公庁に関する業務を担っています。

私が所属するデジタル・ガバメント推進本部は社会公共ビジネスユニットにあり、双子組織である社会基盤ビジネスユニットのガバメント・クラウド推進本部と連携し、両ビジネスユニットの調整・連携を図りながらデジタル・ガバメント全体の推進支援をしていくポジションとなっています。具体的には、デジタル・ガバメント推進に関する政策提言やプロモーション活動、当社内の各事業部への支援等を行っています。

―今回の自治体情報システム標準化やガバメントクラウドをどのように捉えていますか?

今回の自治体情報システム標準化の一番のメリットは、データ連携の仕様が統一されることです。これまでは、自治体ごとにシステム仕様が異なるため、たとえば国のシステムと自治体のシステムをつなぐ場合や、自治体同士のシステムをつなぐ場合には、個別にシステム改修を行った上でデータ連携を行う必要がありました。今回標準化されることで、各行政機関のデータ連携をシームレスに行う素地ができます。
 
この点は、たとえば民間企業で言えばモダナイゼーションのようなもので、DXを進めるためのベースとなる取り組みだと考えています。標準化が進み、行政機関におけるデータ連携が上手くいけば、次は官民データ連携へと発展します。これは、官民含めたDX、たとえばワンストップサービスやスマートシティを推進する礎となるものです。社会的に大変意義のある政策であり、微力ながらぜひ実現に協力したいと思っています。

システムベンダーとしては、従来、オンプレミスでパッケージシステムをカスタマイズして自治体に納入しているケースや複数自治体で構成する協議会等にパッケージシステムを納入しているケースが主流でしたが、これからはサービス提供型へ転換していくこととなります。国が用意するガバメントクラウド上に各ベンダーがアプリケーションを載せ、サービスとして提供する形となり、ビジネスモデルが大きく変わることになるでしょう。

職員の負荷軽減とデータ利活用を支援するツール群やソリューションの提供

―具体的な対応はどのように進められていますか?

当社では、自治体向けに人口規模に応じたパッケージシステムを開発しています。これは自治体の規模によって事務管掌や業務プロセスなどが異なるためです。国が制定する標準仕様書も政令指定都市等の自治体の規模を意識して記載されています。このため、大規模自治体向けと小規模自治体向けそれぞれの標準仕様に対応した2つのパッケージをガバメントクラウド上でサービス提供することを、当社の基本的な方針としています。

その上で当社では、主に次の2つの付加価値を提供します。

1つが、自治体職員の標準化対応の負荷軽減です。今回の自治体情報システムの標準化に伴い、長年続けてきた現場の業務プロセスを変更する必要が生じます。これは、現場の自治体職員にとっては相当な苦労を伴うと予想されます。そのため、自治体職員の負担をできるだけ軽減する取り組みを行います。

具体的には、まず現行の当社パッケージシステムと標準仕様書との違いを提示し、自治体に業務プロセスの変更点を伝えます。その上で、どうしても業務プロセスを変えられないという自治体のためのアドオンツールを提供します。たとえば、標準化対応パッケージからCSVでデータを吐き出し従来の業務を行えるテンプレートや、効率化ツール等いくつかの提案を用意し、実際の業務標準化の作業の中で必要なものを採用していただければと考えています。できる限り自治体業務システムの標準化への移行をスムーズにし、自治体職員の負荷軽減を図りたいと考えています。
 
もう1つが、データ利活用ツール群の提供です。RPAやBIのテンプレート、AI活用による業務変革の提案です。たとえば、税の未納管理において、うっかり納付を忘れていた人と意図的・継続的に納付していない人を自動判別し、前者は委託した外部コールセンターから連絡する、後者は自治体職員が対応するといった取り組みが可能です。すべての未納者を名簿の順番に従い自治体職員が対応するやり方と比べて大幅な効率化が図れると考えます。

他にも、当社の最先端AI技術群である「NEC the WISE」のテキスト含意認識技術を活用し、法規集等の検索作業を支援するシステムの実証実験※を行っています。

例規集等の膨大な文書に過去のノウハウから当たりをつけ詳細調査を実施する事務はベテラン職員でないと簡単にはできません。このような事務について、参照が必要な法令等をAIが自動的にピックアップすることで、自治体職員の作業負荷軽減と正確性向上をご支援できると考えています。

※NEC、三重県で選挙事務における法規集・事例集等の検索作業を支援するAIシステムの実証実験を実施 (2021年1月21日): プレスリリース | NEC

また、個人情報が含まれるデータを匿名加工して民間へ広く提供する「行政ビッグデータ活用」により、様々な社会課題の解決や、新たな市場の創出、企業との協働による地域活性化にも寄与できると考えます。


※ついに行政ビッグデータの活用が可能に!私たちの生活はどのように変わるのか? (nec.com)

更に、EBPM(Evidence-Based Policy Making:エビデンスに基づく政策立案)サービスの提供も検討しています。たとえば、コミュニティバスのルートを、車の所持状況や高齢者が通院する医療機関の分布といった自治体の保有情報に基づいて見直していく、といった活用や、政府統計「e-Stat」のデータ活用を想定しています。後者は、宇都宮市と連携協定を締結し実証実験を行っています。


※NEC、宇都宮市と「EBPM支援サービスの活用等」に係る連携協定を締結 (2022年2月18日): プレスリリース | NEC


自治体システム標準化によりデータの仕様が統一されることから、先進自治体の好事例を別の自治体が採用する、複数の自治体が共同で取り組む、といったことも今より容易になっていくでしょう。

―自治体情報システム標準化やガバメントクラウドに対する自治体の反応はいかかでしょうか?

標準仕様書については、各業務の標準仕様書が一挙に公表されるのでなく、段階的に示され、改版も行われています。それに順次対応するために、標準仕様書の検討状況に常に気を配りながら進める必要があります。

標準仕様書が公表されている業務から、現在の業務システムとのフィット&ギャップ分析を進め始めているのが自治体の現状です。自治体からよく聞く声としては、複数の部署にまたがる業務すべてを一挙に標準化対応することになりますので、その総合的な調整を図ることが非常に難しいというものがあります。

これまでは、システム更改を行うにしましても、業務ごと、あるいは対応する法改正ごとに行ってきましたが、今回の標準化は基幹系業務を一括して変更する大規模なものであり、この点ではかつての市町村合併におけるシステム更改に近いとの声を聞きます。 

具体的な相談としては、標準化の対応について詳しく説明して欲しいとの問い合わせが増えています。最近はオンラインで対応できますので、ご要望に応じて説明する機会を設けて理解を深めていただいています。この場でよくいただく質問が、令和7年(2025年)の移行期限に関する特例措置についてです。

標準化されていない部分こそが焦点に

―自治体情報システム標準化やガバメントクラウドにおける課題を教えてください。

自治体やシステムベンダー全体としての課題は令和7年(2025年)の移行期限をどうやって乗り切るかです。標準仕様書が全て出揃うのは令和4年(2022年)夏以降です。業務システムの開発期間を考慮すると、標準準拠システムへの移行作業が本格的にスタートするのは令和6年(2024年)頃からになると思われます。

全自治体が関わる大規模なシステム更改であり、加えて自治体の現場業務プロセスそのものの変更も迫られます。近年では、マイナンバー制度に関連して多くのシステム改修を行うといったことはありましたが、それでもスケジュールにはもう少し余裕がありました。

当社では仕様書が公開されているものは既に開発に着手しており、標準化対応パッケージを令和6年(2024年)にはリリースできるように準備をしていますが、令和6~7年(2024~2025年)の2年間で当社の顧客であるすべての自治体をいかに安全・安心にシステム移行を実現できるかSEのリソース調整等の課題も含めて、社内で議論を重ねています。

このように、スケジュール的にタイトな状況ですので、令和7年(2025年)までは現在使用しているシステムのベンダーと対応を進めるのが自治体の基本的な趨勢になるかと思います。既にやり取りがあるベンダーとの調整であれば、標準化仕様と現在のパッケージシステムとの差異を明確にするところから始まりますが、ベンダーを変更してしまうと標準仕様書と現行業務との差異分析はゼロからのスタートとなります。

そこまでのスケジュール的な余裕は無いかと思いますので、現状のベンダーとのやり取りが基本となるはずです。もし、変更するケースがあるとすれば、例えば大規模自治体でレガシーシステムからオープンシステムへの更改を一般競争入札で考えていて、たまたま今回のタイミングを利用するといった場合や中小規模自治体で今採用しているシステムベンダーが撤退するケース等が考えられます。

しかし、標準化対応が完了する令和7年(2025年)以降は、ベンダー変更が比較的容易になりますので状況が異なってくると考えています。カスタマイズを考慮することなくベンダー変更が可能となりますので、市場としても流動化するはずです。その際には、標準準拠システム以外のサービス提供をどれだけ行えるかがベンダー選定の鍵となるでしょう。

標準準拠システムは、基本的にどのベンダーでも変わらないものになっていきますので、標準化対象外の付加価値こそがポイントになります。当社では、先ほど説明しました通り、自治体職員の負担軽減や、データ利活用のためのツール群、各種ソリューションの開発・提供を行っていくことを予定しています。

―システムベンダーとして、自治体情報システム標準化やガバメントクラウドを踏まえた今後の展望をどのようにお考えでしょうか?

行政のデジタル化が進みオンライン手続きがデフォルトになると、遠隔での本人確認が課題となります。対面での行政手続きと違って自治体職員が目視で本人確認することができませんから。これには住民基本台帳と紐づけられているマイナンバーカードをトラストアンカーとして利用することが求められます。マイナンバーカードが普及しない限り行政デジタル化は中途半端で終わってしまいます。このため、当社としても、官民含めたマイナンバーカードの利活用推進に取り組んでいるところです。
 
この行政デジタル化を実現するためのモダナイゼーションにあたるものが今回の自治体情報システム標準化やガバメントクラウドの導入です。先ほど申し上げたように、標準化によってデータの仕様が統一されることが素地となり、その上に国・自治体・民間企業を問わずDXで新しい世界が生まれる可能性があります。

たとえば、住民の方々が制度を知らないために申請をせずに公的な支援を受けられない、といったケースがなくなる社会になるはずです。すべてのデータが標準化され、データ連携が実現されれば、自治体側で誰にどのような支援が必要か分かり、プッシュ型のサービス提供を行えます。

更に申請レスでの支援も可能となるかもしれません。また、自治体職員の方へも、住民へのサービス提供に必要な情報や、利用することができる制度等をプッシュ型で通知することができれば、住民のデジタルツールの利用有無に関係なく、自治体職員が手元のシステムの情報を参照しながら対面でサポートすることができると思います。これは一例にすぎません。

今までデータ連携していないためにできなかったことが可能となることで、デジタルツールを利用できる人もできない人も含めて「誰一人取り残されないデジタル社会」が実現すると考えます。当社は微力ながら、このようなデジタル社会の実現に貢献していく所存です。

ご紹介:ホワイトペーパー「日本のデジタル・ガバメントが追求すべきコンセプトとは」
日本のデジタル・ガバメントが追求すべきコンセプトとは (nec.com)