• TOP
  • 記事
  • 人材流出を食い止める布石に?...

人材流出を食い止める布石に? 佐賀県が進める
「産業DXフロントランナー“SAGA”プロジェクト」
の成果とは[インタビュー]

人材流出を食い止める布石に? 佐賀県が進める<br>「産業DXフロントランナー“SAGA”プロジェクト」<br>の成果とは[インタビュー]

「RYO-FU BASE(さが産業ミライ創造ベース)」スタッフの皆さん

佐賀県は人口約79万人と規模が小さく、かつ大学進学や就職に伴う県外流出率は全国的に見ても高く、深刻な問題の一つになっている。県内企業の受け皿不足解消、生産性および賃金向上を目指すべく注力してきたのが、県内産業におけるDXの推進である。

優秀な人材を県内にとどめ、積極的かつ創造的な産業を生み出すことをミッションに、2018年、佐賀県産業スマート化センターを開設。県内企業のDXに関するさまざまな相談に応えながら、380社を超えるITベンダーやITコンサルを含めた協力企業とのマッチングを実施するなど、人材と企業とのハブ的存在として機能してきた。2024年8月には、県庁職員の一部が公益財団法人佐賀県産業振興機構に派遣され、より民間に寄り添った形でDXとスタートアップ支援を推し進めるための組織「RYO-FU BASE」が設立される。

県と新組織が一体となり、さらに勢いを増すプロジェクトについて、佐賀県 産業労働部産業 DX・スタートアップ推進グループ 産業DX担当係長(当時)の山下徹さん、「RYO-FU BASE」よりCOOの村上保夫さん、スタートアップ担当の松雪大貴さん(チーフコミュニティデザイナー)、人材育成担当の井原淳さん(シニアコミュニティデザイナー)、啓発推進事業および産業スマート化センターの運営業務担当の西村美成子さん(シニアコミュニティデザイナー)に聞く。

(聞き手:デジタル行政 編集部 町田貢輝、構成:デジタル行政 編集部 手柴史子)

「RYO-FU BASE」の役割

公益財団法人佐賀県産業振興機構は、製造業から農林水産業まで、県内雇用の9割以上を支えているという中小企業の生産性向上、物作り、経営基盤強化から最先端分析、販路開拓に至るまで、幅広い支援で県内の産業振興を支えている。
その中で、佐賀県庁の産業労働部産業 DX・スタートアップ推進グループから業務の一部を移管された「RYO-FU BASE」は、DXとスタートアップに特化した支援を実施。専門的な知識やノウハウを蓄積することで、専門家集団に成長することを目指す。


「DXとは単なるデジタル化ではありません。デジタルはあくまでも手段。組織改革や社会改革に寄与する一体的な取り組みが必要だと考えています。県庁職員だとどうしても3〜5年で異動があるのですが、『RYO-FU BASE』なら長期スパンで取り組めると思っています。とはいってもまだスタートしたばかりなので、企業以上に我々自身がチャレンジしていこうと頑張っています」と「RYO-FU BASE」COOの村上さんは力を込める。

人材育成という観点から見ると、セミナーやイベントは17時以降に開催されることが多いが、県庁職員だと8時半から17時15分という時間の制約がある。RYO-FU BASEでは今後フレックス勤務を導入し、柔軟に対応できる体制をとっていくという。また、生成AIも積極的に取り入れていく予定だ。

DXで活躍の場を広げる

佐賀県の産業労働部産業 DX・ スタートアップ推進グループでは、産業スマート化センターの機能を補完する形で、さまざまな取り組みを展開してきた。
例えばアウトリーチとして、2022年よりDXアクセラレータ(伴走支援者)が年間20社ほどを対象に、各社の課題を整理し、その結果に基づいたデジタルの利活用を提案したり、ツールの導入支援を行ったりしている。これまで伴走支援してきた事例は、100に及ぶという。
DXコミュニケータ(企業訪問者)は、DXの視点を企業に浸透させるため、年間1,000社を訪問し、デジタル利活用の聞き取りを実施するとともに、活用に関する助言を与え、必要に応じて産業スマート化センターを案内する。「実際に足を運び、ドアノックして、DX周知や啓発活動を行ってきました」と山下さん。

「SAGA Smart Samurai」の受講風景

DX人材育成の部分では、2020年度より「SAGA Smart Samurai(サガスマートサムライ)」という講座を開催。年間100名を定員とし、Python(パイソン)言語によるプロムラミングの基礎を学べる場を提供する。多い時には100名に対して700名近い応募があるなど、モンスター的な講座に成長したため、年々内容を刷新。「SAGA Smart Ninja(サガスマートニンジャ)」では、ノーコードやローコードツールを学び、デジタル技術による業務効率化の考え方やスキルを習得した、即戦力の養成を目指している。「2024年度はサムライとニンジャを統合し、『SAGA Smart Samurai X(サガスマートサムライエックス)』という名前で、プロムラミングスキルとDX推進スキルを学べる講座へとアップデートしました」(山下さん)

「SAGA Smart Terakoya」の受講風景

さらに、2023年度からは、ITスキルを身につけた後、それを活かすための道筋として、企業に就職するだけでなく、起業や複業も視野に入れた起業複業支援塾「SAGA Smart Terakoya(サガスマートテラコヤ)」をスタート。人材育成、起業複業支援の両輪で、県内DXを加速させるプロジェクトが、「産業DXフロントランナー”SAGA”プロジェクト ~そのモヤモヤを、明日のワクワクに。」である。

「講座には、高校卒業以上という参加条件のみ設けています。大学生から60歳近い方まで、老若男女が集まり、4カ月間、週1回10時から17時まで、しっかりと学んでいただいています。DXスキルを自社にいかしたい、IT企業に転職したい、新たな仕事を見つけたい、求職中で就職先を探しているなど、目的もそれぞれです」と井原さんは話す。

講座をきっかけに、エンジニアの独自コミュニティも立ち上がっているという。産業スマート化センターに登録すれば活動経費を助成するなど、県側の支援は何かしらの形で継続されている。

「SAGA Smart Terakoya」の受講者集合写真

取り組みが確実な成果に

産業DXフロントランナー”SAGA”プロジェクトは、「日本DX大賞2024」で特別賞を受賞。行政が行う支援スキームとして評価されたのでは、と山下さんは推測する。「決勝に残られた他自治体さんのように、何らかツールなどの武器があったわけではありません。ただ、DXコミュニケータのアナログ的な活動については、同じような事業を進めたいという声が他所からも聞こえていますので、方向性に間違いはなかったとホッとしています」(山下さん)

企業の相談を受け付けるDXの駆け込み寺として、存在感を示している産業スマート化センターへの視察希望も多いという。行政だけでなく、金融機関や商工団体、ITコンサルティング会社といった支援者側団体にもプロジェクト内容を紹介している。
「課ごとに縦割りで実施されがちなDXへの取り組みが、産業スマート化センターがあることで、観光も農業も教育にも門戸を開いて、横展開することができているのではと思います」と山下さん。村上さんは受賞を喜びつつ、「できれば来年度は、佐賀県が支援した企業さんが大賞を取れることを願っています」と続ける。

「RYO-FU BASE」のメンバーは現在15名。産業スマート化センター、外部委託のDXアクセラレータ6社、DXコミュニケータ3社を含めると、さらに大所帯となる。「100名単位でIT人材を育成している自治体は珍しいのではないでしょうか。修了率も8割近くに達しています。井原さん(人材育成担当)が頑張ってくれていて、おそらく一人ひとりの顔を知っていると思います」と村上さん。状況を観察し、アンケートを確認し、それぞれの進行具合を把握しながら丁寧なケアでサポートする。

課題に向き合いネクストステージへ

今後の展開について、村上さんは次のように説明する。
「これまでバックオフィスや生産性向上のサポートに注力してきましたが、だいぶ普及したと感じているので、新しい事業に踏み出すフェーズにきたと思っています。攻めのDXをテーマに、『DXアルケミスト』という経営者コミュニティを形成し、事業創出を促進していきます。生成AIについては、自治体が使うべきなのかという議論もありますが、RYO-FU BASEではすでに『Microsoft Copilot(マイクロソフト コパイロット)』導入しています。ルールに則り、セキュリティも万全に、とことん使っていきたいと考えています」

課題点としては、県内企業へのさらなる普及と浸透を挙げる。
「DXコミュニケータによる企業訪問は2023年度までで2,000社に達しましたが、アンケートの『DXを知っているか、取り組んでいるか』という設問への回答は半分程度に留まっています。DXを取り入れるどうか、最終的な判断はもちろん企業側にありますが、知らないという状況は改善していきたいですね。継続して周知しながら、DXの事例創出に結びつけられる企業の掘り起こしにも力を入れていきます」(山下さん)
また西村さんは、「産業スマート化センターには、取り組み事例を教えて欲しいというお問い合わせが特に多いので、DXの参考事例やノウハウを多く発信し、普及拡大を目指したいです」と言う。

また、アンケートからは、人材不足やデジタルツールに関する知識不足、資金不足などが、DXに踏み出せない理由として見えてくる。お金をかけてシステムを構築せずとも可能な方法を、的確に伝えていく必要性を実感している。

経済産業省によるDX認定の取得も、モチベーションの一つとして有効だと村上さんは強調する。「申請には、デジタル云々以前に、会社のミッションや目標をきちんと立てなければならないので、会社として何をしたいのか、どういった方向に向かいたいのかを改めて見つめられる非常にいい制度だと思います。その後にDX戦略やデジタルツール導入の検討があるわけなので、それをいかに経営者に分かってもらうかが大切だと思っています。社長さんとお話をすると、デジタルは難しいというコメントがしばしば出てきますが、最初に考えるべきは経営的なところ。そこを理解してもらうのも課題でしょう」

デジタルエンジニアを採用しても、どう活用すればいいのか分からないという声も多い。
「正社員として雇えば当然固定費がかかります。それなのに活用できないと元も子もないので、外部人材の登用も推進しています。プログラミング塾を通して、約600人のIT人材を育成してきましたので、彼らが副業として県内企業で働ければうれしいですよね。パラレルワークという形でITスキルを発揮してもらいたいと思っています」と井原さんは話す。

企業に活力を与え続ける

佐賀県庁外観

DX推進によって、県民はどのような恩恵を受けられるのか。
「産業労働部産業 DX・スタートアップ推進グループの目途は、さまざまな支援を提供し、DXに取り組まれる企業を増やすこと。それによって自社の業績が上がって従業員に還元できたり、県内消費が増加したりと、経済を活性化することにあります。継続することで民間企業の皆さんが元気になり、経済の好循環を実現できるよう努めていきたいです」(山下さん)

村上さんは、「県内企業が稼げる仕組みを構築し、大きくなってもらうのが目標です。また、2025年度以降は、個別だけではなく、複数の企業が集まって集団で取り組むような事業も検討していきたいです」と意気込みを述べる。
「今は効率化がメインになっているので、新規事業にうまくリソースをシフトできる施策も打っていきたいですね。我々はあくまでも黒子として、企業の自走を中心に据えてサポートを続けていきます」と松雪さん。

2023年、県外への人材流出は28年ぶりに転入超過へ好転。地道な成果を積み上げ、“明日のワクワク“を生み出すために歩み続ける。