下呂市が考える職員が自ら業務改善やDXを推進するための「ノーコードツール」の活用法とは:迅速な災害対応を目指したkintoneによる業務効率化への取組事例【インタビュー】
下呂市最高デジタル責任者(CDO)補佐官/デジタル庁 デジタル改革共創プラットフォームアンバサダー 長尾さん(左)
下呂市DX推進計画のビジョンに「誰一人取り残されない人にやさしいデジタルをデザインするまち」を掲げる下呂市では、kintoneやRPA EzAvater等のノーコードツールを導入している。「人+組織」を重きに、あくまでもツールはDXの手段という考え方のもと、ノーコードツールの活用を進めてきたという。2024年1月にはノーコード宣言シティーに参画しており、組織内部に留まることなく事業者・他自治体と議論を交わし、同市独自の取組・アイデアによるDXの推進に取り組んでいる。
防災・災害対策を担当する危機管理課では、災害対応業務におけるkintoneの活用を進めている。同市特有の地理環境による課題を考慮し迅速で適切な災害対応を目指してkintone活用による業務の効率化を模索している。
今回は、下呂市最高デジタル責任者(CDO)補佐官である長尾さんと危機管理課防災担当の田口さんに話を伺った。
(聞き手:新井 なつき)
ノーコード宣言シティーへの参画
-下呂市のDX推進について、お聞かせ下さい。
長尾氏:令和4(2022)年度にデジタル課が発足されました。近年、地域社会のニーズの増加に伴う業務量の増加に対して、自治体における人的リソースは減少していく傾向にあります。限られた人的リソースでこれらのニーズに応えるべく、デジタル技術やAIを活用するためデジタル課を発足しました。「デジタル・AIを前提とした自治体+地域」にしていくためにゆるやかな組織変革を目指しています。
代表的な事例としては、デジタル田園都市国家構想交付金を活用して、「プッシュ型行政サービス」を積極的に推進しています。デジタル郵便サービスのSmartPOST(xID株式会社)を導入しました。従来、マイナンバーカードの申請にはオンラインで行う部分と、通知物の郵送作業がありますが、全ての手続きフローをデジタルで完結することで、市民の利便性向上はもちろん、RPAツールを活用して職員の業務負担を軽減することを目指し、申請に係る手続きの業務プロセスを見直したうえで、「デジタル完結+自動化」する仕組みづくりに取り組んでいます。
-今回、ノーコード宣言シティーに参画した経緯について、お聞かせ下さい。
長尾氏:私は、デジタル庁が運営する「デジタル改革共創プラットフォーム」のアンバサダーに就任しています。当市が推進する「デジタル通知活用促進事業」において同プラットフォームを活用し、官官共創、そして官民共創で取り組んだことで圧倒的なスピード感で課題を解決することができました。その経験を通じて組織内部のみに留まっていてはいけないと痛感しました。
そんなときに、RPAツールを提供いただいている株式会社テリロジーサービスウェアの担当者から「ノーコード推進協会」についての話がありました。今後、当市のDXを進めていく上で、ノーコードツールが一つの選択肢であると考えていたので、同じ方向を向いている自治体や企業と議論を重ねることで、より効果的に下呂市のDX推進を進めていくことができると考え、ノーコード宣言シティーへの参画に至りました。他の自治体と議論を交わしながら下呂市に適したアイデアや取組みを実現していきたいと考えています。
-ノーコード宣言シティーに参画するにあたり、庁内で意見の衝突や軋轢などはありましたか。
長尾氏:今のところ、まったくありません。各自治体がノーコードを活用してどのように取り組んできたのかを聞きながら、課題の抽出、それに対する対処方法などを情報交換できるのはありがたいと思います。毎月、定例会を開催しており、企業の方とも情報を交換しています。課題に対するアドバイスをいただけるので大変ありがたいです。
-ノーコード開発に関する取組体制について、お聞かせください。
長尾氏:市長、副市長、各部長クラスの職員、CIO補佐官・CDO補佐官からなるDX推進本部のもと、今年度から業務の効率化を目的としたICT部会と利用者視点で改めて行政サービスを見直すことを目的にデザイン部会を設置しています。
そのなかで、ICT部会が中心となり、デジタルツールを活用していくうえで重点項目にノーコードの活用を入れています。また、ICT部会のみではDXは進まないので、課題解決に向けたワーキンググループを設置し、ノーコードを推進していく人材を発掘しながらノーコードの活用を進めていきます。
-ワーキングチームはどのように構成されますか。
長尾氏:様々なワーキングチームがあります。各職員が興味のある分野や関わりたいと思うチームに随時参画しています。また、今年度より下呂市のグループウェアをGoogle Workspaceに変更し、職員間でのデジタルコミュニケーションができる環境が整ったので、その環境を有効活用していきます。
ノーコードツールの導入経緯
-kintoneを導入された経緯についてお聞かせください。
長尾氏:kintoneを導入する以前より、トラストバンク社の電子申請システム「LoGoフォーム」を導入していました。感覚的に操作できるため職員のなかで一気に浸透しました。そこで、職員が様々なノーコードツールを体感することで現場のDXを推進する一つの手段になるのではないかと考えkintoneを導入したという経緯になります。
-ツール導入に至るまでの流れについて、お聞かせください。
長尾氏:自治体向けの無料トライアルキャンペーンを利用し、実際に職員の方にkintoneを体感してもらい、その後正式に導入に至りました。
-他のツールは選択肢にありましたか。
長尾氏:事前に様々なツールを調べ、他自治体への導入実績もあったことから、kintoneに選定しました。
災害対応業務におけるkintoneの活用
-実際にどのような業務でkintoneを活用されましたか。
長尾氏:ノーコードを推進する際に、田口くんのように率先して進めてくれる職員は大切にしていかなければならないと思っています。また、即対応する人は、初動の速さが全く違うなと実感しています。
田口氏:防災業務でkintoneを活用できないかと思い、kintone無料トライアルキャンペーン中に、私と長尾2人で勉強会に参加させていただいたのをきっかけにkintoneを導入しました。
初めに災害対応における情報共有の改善をテーマに導入検討を進めました。下呂市は県内で3番目に面積が大きい市ということもあり各地域に庁舎があります。各庁舎から情報を収集・管理する手段として、これまでExcelを使ってきました。ただ、Excelで情報管理をする場合、データ量が膨大になるにつれ重くなる点、複数職員による同時操作ができない点などの課題がありました。これらを解決する手段として、kintoneで大元のデータベースとなるアプリを作成し、プラグイン機能でフォームとそれに連動した一覧表を作成しました。現在は印刷帳票機能を追加できないか検討を進めています。
また、避難所の備蓄量や入出庫の管理は難しく、kintoneで一括管理することはできないか模索しています。
その他の部署でも、Excelなどで管理している調査や申請手続き業務や、属人化しやすい業務の改善ツールのひとつとしてkintoneを活用できないか検討をしています。
-多岐にわたる業務のうち、「災害時の情報共有」や「備蓄品の管理」にkintoneを活用しようと思い至った背景や経緯について、お聞かせください。
田口氏:「既存業務の効率化を図りたい」これがきっかけです。そのツールの1つがkintoneでした。
多くの業務でExcelを使っていましたが、Excelの良くないところは数式を組みすぎてしまうと引継ぎが困難になる点です。業務の属人化が発生します。属人化を回避するうえで、ノーコードツールであれば職員個人で管理できるのはもちろん、不明点があれば事業者に問い合わせできるサポート体制も整っていることが大きな利点だと思います。
災害時の情報共有アプリは、今年の1月頃から実証実験を進めています。正式の運用については、今年度の9月に行われる「総合防災訓練」にて、庁内の情報共有にkintoneを使う予定です。実際に、職員の方に触れていただき、職員への説明や改修を重ねて、本格的に利用していただきたいと考えています。
-kintoneでアプリを作成することのメリットや効果について、お聞かせください。
田口氏:第一に開発が簡単な所です。事前に勉強することなく「ドラック&スクロール」で直感的に開発することができ1~2日あればアプリを作成できました。
また、他の職員に作ったアプリを試していただいていますが、Excelに比べて感覚的に操作ができると好評で、開発側と作業側双方にとってメリットがあると思います。
-現在は、職員の方からの要望や感想に応じて改修されているのでしょうか。
田口氏:利用職員から「こうゆうふうにした方がいい」などの声をもとに適宜改善しています。防災訓練を機にkintoneを使ってもらい、一層の改善を図りたいです。また、災害対応のほかも「この業務に導入できそう」などの声を大切にして、全庁的に広めていけたらいいなと感じています。
「災害対応だけkintoneを使う」のではなく「平常時から使っているシステムを災害時でも使う」ことが災害対応業務の円滑化に繋がると考えて、デジタル課と共同して広めていきたいです。
-アプリの開発体制について、お聞かせください。
田口氏:基本的に一人でアプリを開発していました。直感的にアプリを作成できるので、他の職員でも簡単に作成できると思います。特別な知識や技術は必要ないのかなと思います。
-アプリを作成しているなかで工夫した点や気を付けた点はありますか。
田口氏:実際に使う職員の目線に立って、シンプルに作ることを心掛けています。最終的に分からない人をベースにマニュアルがなくても使えるのが良いと思うので、繰り返し改修を重ねています。
また、ノーコードに固執しすぎず「あくまでも一つの手段」として捉え、その業務にあった方法を考えていくことも業務改善をするうえでは大切なポイントだと思います。
長尾氏:アプリ開発の進め方として、まず、課題が見える化できていない部分があったので、全庁的な調査とヒアリングを実施しました。今回のケースは田口くんが先導してくれているので大変ありがたいと思っています。ただ、基本的に新しいことを進めていく上で意識しているのは、現場に足を運んで対話することです。オンライン会議やアンケートでは本音が見えない部分もあります。対話することで、不安や不満を把握し解決すべき課題を対処していくべきだと考えています。
-アプリを作成しているなかで大変な点や苦労している点などはありますか。
田口氏:特に思いつかないくらい、本当に直感的にアプリを作成できます。ただ、私は使いやすいと思っていても、他の職員が使ったときに、使いにくい箇所がある可能性もあります。やはり、実際に使う職員の目線に立つことは大切だと思っています。
-今回、田口様が自ら手を挙げてアプリ開発に携わっているとのことですが、そのきっかけや動機はありましたか。
田口氏:初めは長尾から声をかけていただいことです。当時は危機管理課に配属された初年度でした。様々な業務を改善していきたいという意識は当初からあり、Excel以外のツールがあると聞き、「これは使えそう」と思い、現在に至ります。
今後の目標・展望について
-今後の目標についてお聞かせ下さい。
田口氏:業務の目的を明確に捉えて「使えるアプリ」を作っていきたいと思います。Excelではなく、フォームを使うことによって、より手軽に情報の入力、共有することで本部に情報を集約し、迅速な情報収集・適切な災害対応ができることを目指しています。
長尾氏:田口くんが作っているアプリは、職員が使って初めてスタートラインに立てるものだと思っています。そこで、必ず職員からの改善点や指摘事項が出てくるので、その点について繰り返し改善を重ねることで、解像度の高いツールができるのではないかと思っています。
また、DX部門としては、実際にアプリを使った利用者が発信する情報の価値は、今後どんな組織でも高まってくるので、庁内プロモーションもしっかり行い、田口くんのように頑張っている職員が正しく評価される組織文化を醸成していきたいと考えています。人事との連携も求められるので、ノーコード宣言シティーのメンバーや庁内職員とも対話をしながら進めていきます。
今後の展望については、課題の一覧表をノーコード推進協会に共有したところです。kintoneではなく他のツールであれば解決できるところで、Platio(アステリア株式会社)の導入を検討しています。実際に企業の方と協力し勤怠管理アプリを作成しており、運用に向けて進めています。
加えて、庁内のみならず地元の企業に向けたノーコード推進をしていきたいという想いがあります。まずは、現状を把握することが大事なので、事業者へのアンケートを行いました。事業者の方でノーコードという言葉を知らない方がほとんどであることが明らかになったので、庁内と並行して地域のDXというところで、ノーコードの推進をきっかけにしていきます。
様々なツールについて議論するなかで、最後は人と組織にたどり着きます。やはりどんなツールであっても、変わっていく部分もあるので、人と組織を重きに置きながら、進めていきます。
ノーコード人材の育成について
-ノーコード人材の育成に関するお取組みについて、お聞かせください。
長尾氏:私が考えている理想のデジタル人材は、職員が目の前の業務課題を解決できることです。総務省の示す、DX推進リーダーの前段階として「このツールについてはこの人に相談すれば間違いない」というように、ツールの広告塔(DXアンバサダー)になる仕組みづくりを目指しています。田口くんのような人材がDXアンバサダーとして現場に足を運べる体制を整えていきたいのですが、通常業務との兼ね合いもあるので、周囲の理解を得ながら進めていきます。DXアンバサダーの役割を通して、職員に求められる対話力やファシリテーションを磨けるような仕組みにしたいと考えています。
総務省の自治体DXの手順書では、デジタル人材(高度専門人材)、デジタル人材(DX推進リーダー)、一般行政職員の3段階に分かれていますが、一般行政職員のなかで、「デジタル未経験者」が多数いるので、そのような方をDXアンバサダーが後押しできるような文化にしていきます。
-実際に行われている研修会や勉強会について、お聞かせ下さい。
長尾氏:新規採用職員は、デジタル人材として育成するために、入職してから半年間を強化期間としてDXに関する研修会を定期的に行っています。また、デジタル課の職員が実際にデザインツールの勉強会という形できっかけづくりをして、参加者のなかで興味のある職員や、才能を発揮する職員を発掘しながら進めています。ただ、なかなかリソースが当てられないので、現在は様々な動画を作成し、定期的に発信することで気軽に学べる環境づくりに取り組んでいます。
ノーコードツールの活用は成功事例をつくることが大事なので、田口くんが進めている事例を共有することで、他の職員が「やってみよう」と思うきっかけに繋がる流れを作っていきます。
他の自治体では、事業者に委託するケースもありますが、まずは職員自らノーコードツールを活用してみることで、自分のスキルアップにもつながります。それでも対処できない課題は外部に委託することを検討するべきだと思います。
現場職員との対話を重きに置いたデジタルツールの活用推進
-業務を効率化するためのノーコードツールではありますが、通常業務と並行してアプリ開発や運用体制の整備等の追加業務が発生する場合があると思います。一時的な追加業務が職員の負担になる場合に、どのように対応していますか。
長尾氏:デジタルツールを導入することを目的していません。私は、CDO補佐官に就任していますが、現場に赴いて対話することを重きに置き、一緒に仕事をしながら「これってこういうやり方ができるよね」といった対話を大事にしています。一番の目的は、煩雑な手続きを無くすことから始まり、その手段を互いに考えながら取り組むなかで、業務改善やひとつの手段としてツールを利用しています。従来の業務プロセスのままでツールを導入することで、業務の負担が増えることは明らかになっているので、第一に利用者目線、職員目線を大事にして取り組んでいます。