政策立案と業務改善の根幹をなす90種類のダッシュボード―神戸市によるビッグデータ活用術 [インタビュー]
「自治体におけるデータ利活用」は近年の大きなテーマとなっている。しかしその盛り上がりとは裏腹に、実際の活用に至るまでの道のりが一筋縄ではいかないことは自治体職員自身が身に染みて感じていることだろう。
そんな中、全国的にこの分野で注目を集めているのが兵庫県神戸市である。総務省主催のData StaRt Award(*1)において2021年から2023年まで3年連続で表彰を受け、その取組が認められている。神戸市ではデータといったいどのように向き合っているのか。データ利活用を推進する担当者3人に話を伺った。
(*1)データの利活用を推進することを目的として、統計データを利活用した優れた取組を進める地方公共団体に対する表彰
(聞き手:デジタル行政 渡辺 龍)
※写真左から下記のとおり
大漉 実氏:神戸市企画調整局 政策課 データ利活用担当 課長
正木 祐輔氏:神戸市デジタル監(最高デジタル責任者)
松尾 康弘氏:神戸市企画調整局 政策課 データ利活用担当 係長
90種類のダッシュボードで効率的な政策議論を
―神戸市ではどのようにデータを活用しているのでしょうか
正木氏:まずEBPM(*2)の推進に向けて行政データの利活用を進めているというのが基本理念としてあります。そこで具体的な取り組みとして「神戸データラウンジ」という庁内向けのポータルサイトで90種類のダッシュボードが見られるようになっています。これは各基幹系システムから行政データを抽出し、個人名を落とした抽象加工をしたうえでデータを保管・蓄積して、最終的にダッシュボード化したものです。自治体は以前からビッグデータを持っていたものの、それらは日々の業務を回すためだけに使われていました。データを統計的に分析して政策に活用できていなかったという状況は神戸市だけでなく全国的に同じようなものだと思います。それを上手く活用できるようにと始めた事業です。
(*2)Evidence-Based Policy Making:証拠に基づく政策立案
―様々な切り口がある中でどのような過程で90種類に落ち着いたのでしょうか
大漉氏:職員間で共有するダッシュボードは、政策立案時に共通して使えるものをベースにするという方針で固めていったので、最初は人口や経済、税に関するものが中心でした。そこからは各局が求めるダッシュボードについての意見を聞きながら1つずつ増やしていって現時点で90ほどの数になりました。
松尾氏:私たち政策部門が中心になり、欲しいデータを逆算して企画していったというのがプロジェクトの進捗がスムーズにいった要因だと思います。データを集めるのが重要ということで箱だけ作って、成果物がなかなか上がってこないという話はよく耳にします。また、情報部門からスタートするとなかなか要点をついたデータが集まらないこともあります。それらを踏まえて、常に最終的なアウトプットを意識し、政策立案にデータをどう活用していくかは考えていました。
―ダッシュボードを使用し始めてから実際に政策立案の流れや時間は変化したのでしょうか
正木氏:これまで政策立案時には必要となるデータの入手、整理分析、資料作成に時間を費やしていましたが、それらを一から各局で作る工程が無くなったので政策議論に十分な時間を割けるようになりました。また、これまではその場で答えが出ないため宿題として持ち帰っていたものがすぐに確認できるようになった点も大きな変化の一つです。
大漉氏:現在では研修を通して、各局でダッシュボードを作れる人材も増やしています。その結果、データ連携基盤にはない各局のデータを使ってダッシュボードを作る事例が増えてきました。また、サーバを構築して閲覧制限を掛けられるようになったことで、個々の局だけで政策立案に必要なダッシュボードを共有するなど、色々な方法で展開してくことができるようになっています。
資料提供:神戸市
―それだけのデータをダッシュボード化していると、用途は政策立案に留まらないのではないでしょうか
大漉氏:実は政策立案だけではなく業務改善にもダッシュボードを使用しています。元データはオンラインでどんどん溜まっていくものが多く、日次で変化しています。日次で溜まっていくということは日々の業務マネジメントにも使えるということです。
例えばマネジメントに活用しているデータの1つに収税課の滞納者情報があります。あらかじめ収滞納のマネジメントに使うダッシュボードを作っておいて、元データがフォルダに格納されると自動的にダッシュボードが更新され、それを元に収税課の職員が電話をかけるといったアクションにつなげることもできるようになりました。
全国にダッシュボードを公開
―神戸市では「神戸データラボ」としてダッシュボードの一部を外部にも公開しています。このお取り組みについてもお聞かせください
正木氏:神戸市で集めたデータは庁内だけではなく、公開できるものは外部に公開しようということで「神戸データラボ」という名称で公開しました。国勢調査のデータに基づいており、エクセルの大量のシートだけを見ても把握することが難しいデータをダッシュボード化して分かりやすく使えるようにしています。神戸市だけでなく日本全国のデータが閲覧できるようになっており、2023年2月に公開した第1弾では小地域別の年齢別人口や通勤通学分析に関してのもの、2023年10月には第2弾として「町丁目単位での就業状況」「5年前の居住地と現状地の人口移動」「兵庫県版のダッシュボード」の3つを公開しました。
―第2弾の神戸データラボでは具体的にどのようなことが分かるのでしょうか
正木氏: メインとなる2つをご紹介しますと、まず就業状態の分析では、地域別の就業者数や業種ごとの内訳が分かります。全国どの地域でも見られますが、例えば神戸市を例に上げると、神戸市の北区は人口21万人ほどで卸売業や医療福祉分野が少し多いといったことが分かります。一方、有馬温泉で有名な有馬町では宿泊・飲食サービス業が多くなっています。町単位だけではなく複数エリアも選べるので、「このエリアは農業・林業従事者が目立つ」といったことも分かります。さらに業種の他にも管理職なのか専門技術職なのか、雇用者なのか自営業なのかといったことも一目で分かるようになっています。
もう1つが、2020年と2015年とを比較した人口移動の関係です。こちらも神戸市を例に上げると、転入者は約11万2000人、転出者は約11万1000人といったことが分かります。年代ごとの分析ができ、大学が多いこともあり20歳前後では神戸市に多くの人が入ってきていますが、そこから年代が上がるにつれ転出超過になっていることが分かります。大学が多くあるので20歳前後の転入については順調なものの、そこから先の就職先を確保して、転出を防がなくてはならないといった課題がグラフを通して見えてきます。こちらも就業状況の分析と同様に神戸市だけでなく「大阪府と東京都」などを比較することもできます。
資料提供:神戸市
基礎自治体だからこそ保有できる大量のデータ
―神戸市の取組について他自治体からの声は届いていますか
松尾氏:視察は多く受け入れており、2023年度だけでも40自治体ほどに来ていただきました。データ連携基盤やダッシュボードはどのように作っているのか、人材育成はどのように行っているかといった話を聞いて帰られる自治体が多いです。また、2023年12月にはイベントも開催しました。全国の自治体向けにBIツールを活用したワークショップなどを行い、普段の視察よりも一段深い情報共有の場に活用していただきました。
―EBPMは国でも積極的な取り組みが見られます。自治体はそこにどう関与していくのでしょうか
正木氏:おっしゃる通りEBPMは国でも推進していますが、苦慮している点も多々あると見ています。というのも、そもそも国自体はデータをあまり持っておらず、最もデータが豊富なのは基礎自治体です。神戸市なら150万人分のデータがあり、世帯構成、年齢、性別にはじまり、税の分野では所得、介護の分野ではどのようなサービスを受けているかといったものまでデータを保有しています。
―確かに私たちが普段接しているのは国よりも自治体というイメージです
正木氏:市民の方と基礎自治体の関係は切っても切れないもので、出産後は児童福祉と関わり、学校に通いはじめたら教育、働き始めたら税金、リタイア後は介護というように各ライフステージの全てを基礎自治体はカバーして、そのデータを保有しています。このビッグデータを統計などに活用できる点は基礎自治体の大きな強みです。だからこそ基礎自治体がEBPMのフロンティアになれると思っています。これからも他の自治体と連携しながら、データ活用とEBPMの取り組みは積極的に進めていきたいですね。