山口県のデータ活用による”面”からの観光消費促進
※(写真・左)一般社団法人 山口県観光連盟 末成 哲也 様 (写真・右) 山口県観光スポーツ文化部観光政策課 小倉 隆弘 様
山口県では観光施策として、ひとつの有名観光地という「点」から、県内の他観光資源への周遊など県内滞在時間の拡大を通した、観光消費増大を目的のひとつとして掲げている。いわゆる「点」から「線」そして「面」への取り組みであるが、この課題達成のためにデータ活用を積極的に推進している。その背景や考え方、概要を紹介する。
記事提供:ヤフー株式会社
県内観光地域での滞在時間を伸ばす取り組みを開始
山口県観光スポーツ文化部観光政策課では、これまでもクルーズ船の誘致などに力をいれてきた。今年度(2022年度)からは、県内観光地域での滞在時間を伸ばすための施策予算を組み立てる業務や、データを活用した観光地域づくりに関する業務への注力も開始した。
この新しい試みの根底にあるものは、観光地域の現状をしっかりと把握しなければならないという考え方だ。観光地域のコンテンツ造成を進めていく上では、マーケットニーズを捉えて作り込んでいくことが必要不可欠だが、それをひとつの観光地<点>だけではなく、より広域なエリアをイメージした観光地域としてのコンテンツ造成ができれば、理想的だと考えた。
そして、観光地域全体でプロダクト造成していく「面」的な取り組みを行うことで、訪問者の滞在時間を延伸させ、観光消費額を高めることが実現できる。このように課題設定した時に、まずターゲット選定に注力することとし、そのための判断材料として民間が保有するビッグデータに注目したことがデータ活用の出発点となった。
データ活用の背景と経緯
山口県の観光政策を考える際、その特徴としては、県には全国に誇る多くの観光資源があるが、地理的に県内全域へ観光資源が点在していること。また、各地域で雰囲気が大きく異なることなどがあげられる。つまりプロモーションすべきターゲットが異なってしまうという、大きな<壁>に突きあたる。この壁を乗り越えるために、県全域をまとめてデータ分析をおこない一挙に振興するのではなく、まずは中・小規模でのエリアからデータの分析を深め、具体的かつ効果的なプロダクトを造成してく戦略を選択した。
最初はまず、現状を知るためにビッグデータを専門業者から購入。当初の問題点は、データ分析スキルに習熟していない県職員には、データを即座に活用することは難しく、そのためにデータ整理を専門業者へ委託した。しかし専門業者は、県側が観光というテーマで何を求めているのかを完全に認識しているわけではない。双方の理解がかみ合わず、ビッグデータを最大限に活用できていないというのが最初の印象だった。
双方の理解の溝が縮まり、徐々に興味深いデータが見えてきた。一例をあげると、山口県の観光客は、これまで6割が山口県民であるという県の調査結果があった。では、その6割は当該観光地に至るまで、どのような行動をとっているのか、ということをビッグデータから分析した。結果は約半数が、市民が市内の観光地を訪れていた。
DS.INSIGHTを活用して他県・競合観光施設との比較分析を実施
最近は県が導入したヤフー・データソリューションが提供する「DS.INSIGHT」をビッグデータ分析ツールとして活用している。DS.INSIGHTを使用することで、各観光地域における来訪者の来訪元の都道府県・市区町村が分かることや、性別・年代を把握可能となった。
県内には100を超える多くの観光資源があるが、それらすべてのデータを収集するというのは大変な作業と時間を要することになり、その点においてDS.INSIGHTは詳細に幅広い地域のデータを瞬時に表示可能だ。また、競合する他県の観光施設のデータは従来、簡単に入手できなかったが、来訪者がどのような検索をしているのかといったところから、山口県への関心度合いも測れることがDS.INSIGHTのメリットだ。
具体例をあげると、「秋吉台」「秋芳洞」という観光地をまずDS.INSIGHT Place(位置情報分析ツール)で見た時に、隣県福岡県民も多数、来訪していることが判る。では、福岡の方々がどれほどの興味・関心を持たれているのかということをDS.INSIGHT People(検索情報分析ツール)で分析してみると、「秋吉台」「秋芳洞」が競合と位置付ける九州エリアの観光地の方に、より強い関心を寄せているということが判明した。すなわち、福岡県民が一定程度来訪していても、関心度自体は他の施設に偏っているために、ターゲットとして設定するには適切とは言い難いということも分析から判明した。
データで見る山口県長門市の観光の現状
現在、おこなっている長門市の取り組みを紹介する。日本海側に位置する「元乃隅神社」は赤い鳥居、青い海、緑の大地のコントラストが美しく、世界的にも注目を集める神社だ。高台から海に向かって連なる123基の朱塗りの鳥居は、パワースポットとして人気を博しており、SNS映えも抜群。2017年には、観光客数も100万人を超えるなど、長門市有数の観光施設だ。
元乃隅神社への数多くの来訪者を、より周遊させたいという考えから長門市のデータ分析に着手した。長門市には他にも観光資源として、長門市の新鮮な魚介や野菜を購入できる2018年開業の道の駅「センザキッチン」があり、レストラン、バーベキュー小屋等で長門の食を満喫できる。さらに敷地内には木のおもちゃで遊べる「長門おもちゃ美術館」も併設されており、買い物はもちろん、海を見ながらのランチタイムや休憩に最適な場所といえる。
また、川の両岸に宿が軒を連ねる風情豊かな「長門湯本温泉」は、約600年前に発見されたといわれる山口県最古の温泉地。おとずれ川周辺には続々とレストランやカフェがオープンしており、温泉だけではなく散策や食べ歩きなども楽しめる。
どちらも魅力度の高い場所だが、県内来訪者の割合の方が比較的高い。これらの場所へ元乃隅神社来訪者を周遊させることが可能かどうかを検証するために、データ分析に着手した。まずはデータを見ていく中で、競合となる場所を改めて整理した。
例えば隣県である福岡県の人々は、そもそも九州に良い温泉施設が豊富にあるために長門の温泉へなかなかフォーカスされない。同様に、道の駅も全国的に魅力的な場所がたくさんある中で、長門市へ誘客するとなると非常に難しい。
元乃隅神社が誘客の軸とすべき観光施設であることは明らかだが、そこを中心にして、元乃隅神社来訪者の嗜好に合わせた「面」としての観光地域を作るためにはどうすればよいか。勘や経験に頼るのではなく、データ分析をもとに、何をすることが合理的かという議論を重ねた。
データ分析からターゲットの行動パターンを導き出す
具体例を紹介すると、最も興味深かったのはDS.INSIGHTと他社データを掛け合わせて行った観光ターゲット選定の際の分析だ。
ターゲットを福岡県民と考えた場合、データからは福岡県からの来訪者は、山口県の西側海沿いを北上して、元乃隅神社に移動するパターンも存在するが、ほとんどは唐戸市場まで訪問して帰っていることが推測された。
県が実施した調査によると、唐戸市場周辺にある水族館は30代の親子連れ層が集中する傾向が見てとれる。その他50代の夫婦層も確認されており、唐戸市場から北上して角島関連施設へ動くと、福岡県来訪者数は4,411人から872人までマイナス80%減少する。ここで減少するのはほとんどが若い世代で、主に50代の夫婦層が角島まで周遊している。
そこから海沿いに元乃隅神社まで見ると、減少は10%にとどまっている。ここも50代の夫婦層が中心。さらに海沿いを進み、道の駅センザキッチンまで行くと、また福岡県来訪者数が大幅に減少する。つまり50代の福岡県夫婦層が福岡県から北上し、元乃隅神社まで行くと、その時点で帰路についてしまう傾向にあることが分かった。
データ分析から意外な事実が判ることも
長門湯本温泉に関しては、福岡県民や広島県民にとっての長門湯本温泉はどれほどの認知度なのか、どのような位置付なのかというものをDS.INSIGHT Peopleのキーワード比較機能から分析した。山口県内では知名度が高いので、上位には入るだろうと推測していたが、結果は意外なものだった。
福岡県民にとっては、大分県の別府温泉や熊本県の黒川温泉などの良質な温泉地がイメージとして大きくある。そのような中で、山口県の温泉地は、検索の順位としては想像以上に大きく離された結果となった。
同様に広島県民の「温泉」を含む言葉を検索者数別に表したデータを見ると、同じく湯本温泉は上位10位には入っていなかった。しかし興味深かったのは、山口市にある「湯田温泉」が4位にランクインしていたことだ。湯田温泉は素晴らしい温泉地であることは間違いないが、広島県の上位10位にランクしているとは考えていなかった。正直、良い意味で予想に反して、広島県民は山口県の温泉地として湯田温泉にフォーカスしている現状が把握できた。
このことから、長門湯本温泉単独での観光誘客は難しそうだ、という結論に至った。元乃隅神社を主軸とした地域一帯での面的な誘客を図るために周遊プランを模索して滞在時間を延伸させていくこと。そうすることで近辺の魅力的な湯本温泉への立ち寄りという選択肢が増加する。これは道の駅「センザキッチン」に関しても同様だ。このようにデータ分析を通して戦略のアウトラインが見えてきた。
データ分析ノウハウを共有し、横展開でデータ活用を促進
DS.INSIGHTを導入して競合施設や他県の情報も瞬時に入手できるようになったことで、分析資料に説得力が増した。DS.INSIGHT導入以前は、入手可能な限られたデータだけで分析を行っていたが、そうなると限定的な分析結果しか出ない。DS.INSIGHTは、県が保有するデータを補完し、データとしての価値をより高めるとともに、新しい発見を与えてくれるツールであると感じている。
今後の行政のあるべき姿としては、やはりデータ分析のスキルを高めて多角的な視点を持つ必要があると考えている。観光政策課では現在、美祢市と長門市の2地域において、データを活用した観光施策の取り組みを実施しているが、山口県内には他に17の市町があり、今後は主要な観光資源を持つ市町に対してデータ分析ノウハウを共有し、横展開によるデータ活用の浸透を図っていく必要があると考えている。