特殊災害対策への知識を啓蒙―NBCR対策推進機構の井上理事長に聞く[インタビュー]

特殊災害対策への知識を啓蒙―NBCR対策推進機構の井上理事長に聞く[インタビュー]

NBCRとは、核(Nuclear)・生物(Biological)・化学(Chemical)・放射能(Radiological)の頭文字を取ったもので、近年では大量の被害を発生させる可能性のある、爆発物(Explosive)の頭文字と合わせて、NBCREや、語順を並べ替えて、CBRNE(シーバーン)と表記されている。NPO法人NBCR対策推進機構では、一般市民を対象として、CBRNE災害対策を推進するため、セミナー等を通じて様々な活動を行っている。CBRNE対策の意味や日本の抱える課題について、NBCR対策推進機構の井上忠雄理事長にお話を伺った。

(聞き手:デジタル行政 編集部 柏 海)

特殊災害から国民の安心安全を守る

―自己紹介をお願いいたします。

NBCR対策推進機構・理事長の井上忠雄と申します。

昭和30年に防衛大学校に3期生として入学し、応用化学を選考して以来、防衛庁(現・防衛省)の特別機関である技術研究本部に籍を置きながら、大阪大学への国内留学、アメリカのシカゴ大学での客員教授なども経験し、ジュネーブ軍縮委員会の日本政府代表団委員として、日本から提出する化学兵器禁止条約(CWC。1993年に署名され1997年に発効した国際条約)の草案作りのお手伝いもしました。

その後は自衛隊の様々な学校に籍をおき、最後は大宮にある陸上自衛隊化学学校の校長を務めてから退官しました。退官後は富士電機、山田洋行といった企業の技術顧問を歴任し、現在に至っておりますが、計65年間はCBRNEに関連した化学の世界に身を置いてきました。

―NBCR対策推進機構とはどのような組織なのでしょうか。設立の経緯と合わせてお聞かせください。

写真は川内原子力発電所

設立のきっかけとなったのは、平成16年に成立した国民保護法にあります。

国民保護法には大きなふたつの柱があり、1つは「国は緊急事態が起こった時にどうするべきか、計画を作りなさい」ということ。もう1つは「国や自治体は外国が攻めてきた時(武力攻撃事態)に、それに伴う武力攻撃災害も含め、国民を安心安全のために避難誘導をしましょう」ということになります。

しかし、国民にはこれらの特殊災害に対する知識がそもそもありません。また、各自治体におかれては、「防災対策」には取り組んでいても、この防災対策にCBRNEを入れている自治体はほとんどないと認識しています。

また、日本には原子力発電所や重化学工業もあり、これらの施設が自然災害や人為的ミスによる影響を受けて、危機をもたらす可能性もあります。

要は、他国や自国内からのテロ行為の延長線にのみ、特殊災害の危険性が潜んでいるのではなく、日常生活の中でも起こり得る、自然災害や人為的ミスにも、特殊災害の危険性は潜んでいます。1986年のチェルノブイリ原発事故も、作業員の睡眠不足による操作ミスが特殊災害につながったと言われております。

防衛省や国が国民を守る、ということも大事ですが、国民も知識を付ける、ということは非常に大事です。

こういった状況を受け、特殊な災害から国民の安全安心を守り、また、日常生活を送る民間の人々にも知識を身に着けてもらうと共に、機材の補給を促すことを目的として、本NPO法人を設立しました。

当初は同じ志を持った自衛隊のOB数人から始まった組織ですが、現在は警察・消防・医師など様々な分野の専門家から御協力をいただき活動をしているところです。

―具体的に、どのような活動を行ってきたのでしょうか。

現在は啓蒙・教育を目的に、地方自治体と共催でフォーラムを企画したり、市町村や医師会のセミナーで講演や講習会をおこなっております。規模も様々ですが、一般の方も招いた大規模なフォーラムでは1,000人を超える参加者が集まりました。

テーマは多岐にわたり、自然災害およびテロを含む人為的災害を問わず、核・放射能災害、バイオ災害、化学災害、爆発物災害等のCBRNE災害を取り上げています。また、機材については海外から性能が良く、比較的安価なものが次々と日本にも入って来ているので、合わせて推薦をしております。

事故が起きる前と起きた後、それぞれの対策が必要

写真は原爆ドーム

―日本国内における特殊災害(CBRNE災害)は、過去にどのようなものがあったのでしょうか。また、これらの災害に対する課題についてはどのように考えていますか。

日本は広島・長崎の原爆、コロナウイルス、地下鉄サリン事件などに代表されるように、多くのCBRNE災害を体験している国です。また、テロリズムについては三菱重工爆破事件なども過去にはありましたが、秋葉原通り魔事件や列車内でガソリンが撒かれ包丁で凶行に及んだ事件も記憶に新しいかと思います。

課題については「国民に知識がない」とは再三お伝えをした通り、民間への知識の啓蒙も必要ですが、いわゆる縦割り行政など、防衛省や国としても大きな課題を抱えていると認識しています。

日本で地下鉄サリン事件が起きた際、我々(陸上自衛隊)からすれば初期報道の時点でサリンが使われたことは一目瞭然でしたが、警察や消防では一切それが分からず、アメリカから情報を得ようとしていました。これでは行政の連携が取れているとは言えません。

例えば、アメリカには「FEMA」という大規模災害対応を専門とする大統領直轄の組織を国家として持っており、他の省庁や自治体組織・民間団体と連携を密にしていますが、日本でも国家として出来ることは何か、検討をする必要があるかと考えています。

-自治体ではどのような特殊災害(CBRNE災害)対策やアクションを取ることが望ましいでしょうか。

地方自治体の危機管理課の方々には、特殊災害対策の重要性についてまずは理解していただければと考えております。そのうえで、少しでも特殊災害対策に予算を付けていただき、事故が起こる前と起きた後、両方を想定したバランスの良い対応策を講じてもらいたい。

ただ、教育・啓発という点では、我々も今後はセミナー等を全国各地で広く実施していく必要性を強く感じているところです。また、地方自治体としては住民からの声がなければ予算を付けることが難しいと思いますので、我々も市民や行政に対し、継続した活動を続けていくことで、国民全体の意識を変えていければと思います。